『日本迷走の原点 バブル』永野健二著 新潮社

「安倍晋三内閣は空前の金融緩和政策をとりながら、アベノミクスと呼ばれるデフレ脱却政策を取り始めている。ありていに言えば“バブル”を意図的に作る政策である。必要ではあるが、危険な政策である。まかり間違えば、日本を破局に導く政策だと思われる」。
著者はバブル期、日本経済新聞社の証券部記者として、日夜人々の価値観を破壊するのに十分な出来事、誰もが真面目に働くことの割の悪さ、持てる者と持たざる者に広がる不公平感などをつぶさに見聞してきた。
そしてマスメデイアがもっとしっかりと報道していたらと自戒を込めて、「上げるべきところで金利を上げなかった日銀の罪、機関投資家に株を買うよう誘導した大蔵省の罪、不動産融資にのめり込んだ銀行の罪、会社の価値を収益ではなく、含み資産で計算した証券会社の罪」を詳述する。

しかし本書の特長は、バブル崩壊をめぐる反省と検証や金融政策をめぐる成功・失敗を評価したものではなく、「あの頃には書けなかったこと」、「あの頃には見えていなかったこと」、「今の時代になって明らかになったこと」を書いたことにある。
白眉は、日本全体が土地高、株高を前提に未来図を描き、美術品やゴルフ場の会員権が飛ぶように売れた異常な時代に跋扈したバブル紳士たちの行状とそれを支えた金融機関、行政の無定見、無節操ぶりである。
旧来のエリート層は、1980年代の後半、不動産市場、株式市場に登場した彼らの中の大物を名付けてエイズ(AIDS)と呼び、成り上り者を締め上げねば、というセリフが頻繁に発せられていたという。
ここで言うAIDSとは、
麻布土地 渡辺喜太郎
イ・アイ・イ 高橋治則
第一不動産 佐藤行雄
秀和 小林茂の面々である。
しかし著者は異端児、成り上りと蔑まれているこれらの人たちに親近感を抱いている。「問題があったとすれば、この人たちの野心や欲望に、何の反省もなく融資しづけた銀行やノンバンクではなかろうか。」と。「企業家精神にはいつも上昇志向とともに、ある種のいかがわしさが潜んでいるものだ」。とも言う。
本書にはこのほか、その頃マスコミを賑わせた加藤暠、高橋高見、小谷光浩、尾上縫らが登場する。現在をバブルの序章とするならば、我々は80年代の教訓をもう一度学ぶ必要がありそうだ。

ところで我が出身企業はバブルにどう向き合ったのか。
影響は無かったどころではない。積極的にバブルの渦中に飛び込んでいったのだ。当時の経営トップの判断誤りとそれを止められなかった幹部の責任と言ってしまえばそれまでだが、子会社を作って、マンション経営やボーリング事業に乗り出したのは事実である。
挙句失敗に終わるのだが、そこで生まれた巨額の負債は長期にわたって本業を圧迫し、在職期間中の殆どが無配会社であった事実がその痛手の大きさを物語っている。

話し変わって我がサラリーマン人生を語るエピソードの一つに“転職”がある。いままで語る機会がなかったが、間もなく80歳、書き残しておくことにする。
1961年の入社、最初の配属先は広報宣伝部門。勤務地が三重県の工場から東京に移り、仕事にも慣れてきた頃、世は高度成長の入口で、新興の企業は人材の中途採用に熱心だった。テレビのカラー放送が始まった頃のことである。特に宣伝部門の募集広告が多かった。
こちらは漸く一人前に仕事をこなせるようになってはいたものの、重電機メーカーの宣伝・広報になにかあき足らない、食い足りないものを感じ始めていた。まだ20代、身のほど知らずだったかもしれない。これから伸びそうな若い企業の宣伝部門に魅力を感じていた。密かに応募することを考えた。そして実行した。

その第一号が、本書でも取り上げられている「秀和」だった。秀和レジデンスのブランドで青山や外苑に高級マンションを建設する会社という以外に何もしらなかった。
面接に現れた小林茂氏(1927‐2011)とどんな会話をしたのか、全く記憶にないが、好感の持てる青年実業家という印象であった。のちにバブルの寵児になるなどは知る由もない。採用通知は来なかった。
次はマルマン。そうあのガスライターの。片山豊氏(1920-1997)には、なにか圧迫感と威圧感を感じ、こちらから積極的になれなかった。いま片山さつきの義父と知る。

最後にミサワホーム。木工プレハブの住宅メーカーとして成長が期待されていた。創業者の三沢千代治氏(1938-)のことはよく覚えている。
何を気にいられたのかは知らないが、会社にも自宅にも電話があって、誘ってくれた。この時は迷った。
意を決して親父に相談した。親父は息子がそんなことをしていることにちょっと驚いたようだったが、“今の給料の倍払うと言ったら考えてみろ”とだけ言った。
歴史にIFは禁句だが、1967年創業、1971年上場のミサワホームは当時、人材を求めていた。いま同社は年商5,000億円の優良企業。
もしあの時転職していたら、その後のサラリーマン人生はどんなものになっていたであろうか。 成功したか、失敗して路頭に迷ったか。 (2017.8.22)

広告