歌壇と俳壇

毎週月曜日に掲載される朝日歌壇を愛読している。毎週四千首ちかく投稿される中から厳選された四十首が掲載されるのだから、採用率は1%の超難関。
ところが10年前、居住地をホームレスとする人物が現れ、 続きを読む: 歌壇と俳壇

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大縄跳び

休み時間や放課後は白墨程の太さの縄で縄跳びをしました。
縄は地面に当たるとピッシピッシ音がする程早く強く回されるので、僕はなかな飛び込めません。
タイミングを計ればはかる程難しく成り、いざ飛び込むと決まって足や首に引っかかり、しばしば中断され皆からは「へたくそやろう」ってな顔をされました。
使い込まれた縄は汚れに汚れ、ニッキ棒とか牛蒡のような色で当たるとかなりの痛さです。
一度、顔に受けてしまい鼻の皮をベロリとむいてしまいました。
以後怖くて大縄跳びには参加しませんでした。かといって一人の縄跳びも下手くそで縄跳び競争は転倒の連続、勿論二重飛びや三重飛び、後ろ飛びなどは全く叶いませんでした。縄跳びは苦手です

ニワトリ泥ぼう

ある朝、鶏小屋から5羽の雌鶏と毎朝7.8個は生んであるはずのたまごが盗まれていた。
3日後、駅前派出所の巡査により犯人は広沢の池の観音堂をねぐらにするハニーさん達の仕業と判明したものの、鶏やたまごは彼女達の腹の中で戻ってくることはありませんでした。
それならば家で食えばよかったと父は無事だった雄鶏を絞め、隣組のみんなを呼んで鍋で宴会になりました。誰もが「美味え、うめえ!」と箸をつけていますが僕は駄目でした。だってさっきまで僕の下駄の足をチヨンチヨンと突きによってきた、可愛いやつらだっのですから。
お巡りさんによればハニーさん達は雌鶏の肉はやわらかいことを知っていて雄鶏は残していったそうです。地方出身の田舎のお姉さんが多かったから鶏を鳴き声を上げさせず盗み出す術を知っていての犯行でした。

広沢田んぼ

ここは広沢の観音池から東に、東上線にぶつかる手前の湿地で田んぼの体裁は整えていますが、米を作っているのをみたことはありません。
上の流れは観音池の湧き水のきれいな小川でしたが、CampDrakeから流される汚水で黒く、茶色く、白く濁り異臭を放っています。
左手の建物は名高い「越戸のパンパンハウス」で六畳一間に割られた部屋が五つ六つある長屋です。
田んぼは季節を問わず子供たちの遊び場で、今日はオタマジャクシを捕りにきました。でも僕は素手でつかめません。あのヌルヌルがとても耐えられないのです。ましてや皆の様に寒天状の卵を持つことなどなおさらのことです。
駅前通りt電気店のkちゃんはこの卵を飲み込むことができ、調子に乗ると、特に女の子の前では太ったオタマジャクシまでもごっくんとやり、さらにはミミズも泥も…何でも食べたんです。
女の子みたいに優しい可愛い男の子だのにです。「癇の虫の仕業」だと言われていましたが、Kちゃんはヤモリ、おけら、芋虫も食べちゃいました。癇の虫ってどんなんだろう。

駅前ひろば

白昼だと言うにMPのジープはライト煌々、モウモウの土煙をあげ、小砂利を弾き飛ばし横滑りする程の急ブレーキで駅前ひろばに突っ込んできた。
土煙の中から現れたのは大人たちが鬼畜と慄く(おののく)仁王様そのままのMP2人、後部座席には必ず日本人のお巡りさんが一緒だった。
ガソリン臭を吐きブルルンブルルン武者震いするジープに、子供は飛びつきチヨコレートをねだり、パンパンのお姉さんはお仕事の約束を取り付けるに一生懸命です。
普段なら威張り腐ってる巡査もMPと一緒に居るからでしょうか僕たちにもパンパンにも愛想がいいのでした。
子供たちが貰ったアメリカたばこは無言でとりあげました。そして自分のシガレットケースに詰め替え、コッソリ吸っているのを僕たちはちゃんと知っていました。

アドミュージアム東京

カレッタ汐留の中に広告とマーケテイングの博物館があることを知らなかった。サラリーマン生活を広報・宣伝部門からスタートした者としてははなはだ迂闊であった。
電通の第四代社長故吉田秀雄氏の生誕100年を記念して開館したとあるから既に20年、江戸時代から今に至る日本の広告の歴史が展示されている。 続きを読む: アドミュージアム東京

まんぢゅう屋

越戸のパンパンハウスの近くに桜の古木があり、その根方にお稲荷さんが祀られ、いつも紅白の幟がはためいています。其の先の小高い場所に同級生Wくん家、まんぢゅう屋があるのですが小売店ではなく製造卸です。
膝折の喜楽屋や駅前の銀霞堂と違い一段下の駄餅屋向け専門です。僕たちはにとっては高級品であろが無かろうが、まんぢゅうはまんぢゅうでした。 続きを読む: まんぢゅう屋

日光植物園で水芭蕉を観賞する


馴染の奥日光湯元温泉のホテルから“開花直後の水芭蕉をガイド付きで観察しませんか”という案内が届いた。
中禅寺湖へ向かうバスが神橋を過ぎて西参道、田母沢御用邸記念公園と停車するその次にこの植物園はあった。 続きを読む: 日光植物園で水芭蕉を観賞する

銀霞堂

駅前通りの和菓子屋、ここには佳子ちゃんという目鼻だちの整った同級生の女の子がいました。
勉強も良くでき、おまけに習字が上手です。二人の弟、コーちやんと、もう一人がいました。
ぼくは特に、ここの栗饅頭と、あんぱんが好物で度々学校のお弁当にしました。
この銀霞堂のすぐ裏手に、どこかの駄餅屋から仕入れ、売り歩くおばさんがいました。 続きを読む: 銀霞堂

色つきたまご

「イースター」という日、ベリーさんは桃色のドレスに色とりどりの花のついた新しいボンネットでキャンプドレイクに出かけた。
何でもこの日のお祝いのパレードでトニーが鼓笛隊の指揮をとるとか。
楽しそうに出かけるベリーさんに街に立つハニーさんたちは嫉妬する[あの野郎オンリー面しやがって、黒んぼじゃねえか」とつばを吐いた。 続きを読む: 色つきたまご

おふりみつ

富士見地区の殆んどの家はにはMPによってOFF LIMITS(米兵立入禁止)がところかまわず塗りつけられた。
オンリーさんに部屋を貸している家が困った顔を見せたのはほんの一時でした。
毎日MPが巡回することがなくなり、巡回があれば互いに知らせ合い、米兵を裏口から逃しハ二ーさんは何食わぬ顔を決めこんだのです。 続きを読む: おふりみつ

春宵(しゅんしょう)

駅前広場を背に大通り十字路を左にきれると、南栄へ向かう 観音様の道です。その直ぐとば口、右手に浅川タバコ屋があり、その前に桜の古木があり駅舎の前の二本の桜と競うかに毎年見事に咲いてみせたのです。
花の時期にはこの三本が200メートルも先の岡田屋雑貨店をこえ、さらに50メートル先の松葉屋菓子店、船津クリーニング店までも桜色で霞めました。
満開の桜の木に何処からともなく一人二人とハニーさん(パンパンガール)が集まってきます。派手なアロハシャツはハニーさんのヒモやポン引きで白やクリーム色のズボンに洒落た白、黒のコンビネーションの靴です。
根方にしゃがんで猫と話しているのは、何処か遠くから出てきた中学卒業間もないお姉ちゃんです。周りの人ハニーさんはそれなりのいい風体をしているのですが、彼女はゴムのギャザースカートに冬のセーター、きっと着た切り雀でしょう。ずっとしゃがんでいるのも立姿が様にならないのを自分で分かっているからです。
でも心配はいりません、パンパングループ白百合会の構成員として半年、否三ヶ月もすればそるなりのハニーさんになるのですから。そしてうまくすればいい米兵のオンリーさんになっていい暮らしができるのです。

あったかな雪

おじいちゃん家の畑は村で一番手入れが行き届き、埼玉県北足立郡下の優秀優良農家として田畑の管理方法やら収穫量の高さで表彰を受けること度々でした。其れを自慢することもなく殆んど一年中、田畑に出ている真面目なお百姓でした。
屋敷林やら雑木林の落ち葉を積み上げ、3年寝かせた堆肥は発酵が進み側に寄ると、ぽわ〜んとあたたかで春の終わりころにはこの中から白く太った子供の拳大のカブトムシの幼虫がうじゃうじゃ現れ、おじいちゃんの堆肥の山は「カブトの山」と子供たちには知れ渡っていました。
北風が運んだ落ち葉を焚いてる側にはイヌノフグリが瑠璃色の小花を見せています。もう春なんです、オッ雪!でも、あったかな雪だよ!

霜どけ

初午が終わると気分は春です。と同時に町中の道という道、遊び場という遊び場は霜どけで泥んこのグチャグチャで、ズック靴や下駄では歩くことは出来ません。
そこで長靴の出番になりますが、ぬかるんだ道は甲の辺りまで足をとり転倒でもしようものなら、あんころ餅になってしまいます。
ここはお稲荷さんの広場、おきっつぁんはドブ板を伝い共同井戸へ向かいます。さすがに冬場は裸では寒いとみえおじさんの半纏を羽織ってますが、下はいつもの腰巻一枚です。
パンパンガール、とんがらし嬢はハイヒールだからでしょうか米兵に抱っこ。
「アメリカさんって優しいんだね!」おきっつぁんが声をかけると、とんがらし嬢は自慢気にごってり紅い唇でニッ!と笑みました。

白い女

駅前裏通りのK食品店の独身の主に「東京からすげえハクイ女が嫁にくる」の噂は尾鰭もついて子供たちの間に広まっていました。
「白い女」は「しろいおんな」でなく「はくいおんな」です。この人は池袋の東横百貨店(現在の東武百貨店の一部)のデパートガールで、300倍の競争率を勝ち抜いた女優並みの美人ということです。
若い女性の憧れの職場で、なにより美貌との家柄までもが問われたと聞きます。しかし、ばか騒ぎの噂も当の娘さんが嫁に来てみれば美人話は単なる噂で、子供の目にもそれは明らかでしたが、其の化粧に駅前富士見地区はびっくり仰天腰を抜かしたのです。
何てったって大きめの平べったい顔は厚塗りの白粉で真っ白、眉は時々ハニーさんにも見かけた羽ばたくカモメ型、ほっぺは日の丸に真っ赤。びっくりなのは目蓋が濃いグリーンに塗られていたことです。
東京のデパートガールの顔を拝もうじゃねえかということで、駅前の面々は老若男女、用も無いのに見に行ったのでした。
そして年寄りは「冥土の土産」と言ったのです。彼女の髪は金茶色で、男共はでれでれの若主人に詰め寄った「よお、母ちゃんのあそこも金色かよ!」
この嫁さんは確かにデパートに勤めてはいましたが、皆が考えていたかっこいい受付嬢やエレベーターガールでは無かったようです。
そして僕は思ったんです「白い」って何のこと?だって。

縁の下

「泥棒ごっこ」という遊びがありました。「どろけい」たぶん泥刑もしくは泥警と書くのでしょう。泥棒がお巡りさんに追われるかくれんぼのようなものです。泥棒は縁の下を好んだのでそんな言い方をするようになったのでしょう。

縁の下は僕らがしゃがんで楽々動き回れ、大人は這って動ける程の広さでした。そこへ宿無しハニーさんは何処其処かまわず、お客の米兵を引き込んだのです。中学生や、のぞきをする人は夕暮れを待って先に忍び入り、待つということをやってのけたのです。

僕たちは縁の下で米兵の落としていったいろいろを拾いました。1セントコインは誰もがポッケにいくつも入るくらい落ちていました。

ある日僕らはベリーさんの部屋の縁の下に隠れました。上では、とくちゃんとベリーさん二人で出前の支那そばを「おいしい!」を連発して食べています。ベリーさんのころころと笑うのも聞こえます。縁の下って上の音は何もかも筒抜けなんです。

洋間

「僕んち洋間があるぜ!見に来る?」えーちゃんちは雑木林の中の四畳半二間のバラックでした.
ベニヤ板の壁には一面に新聞紙が貼られ習字の先生だという、お母さんが書いたと思われる書の軸がみえました。
二寸角の柱とベニヤ板で仕切られた場所がえーちゃんが言う洋間でした。
僕は洋間というのを見たことが無かったので興味を持っていましたが、アメリカの雑誌が貼られているだけです。
どちらも畳敷き、日本の新聞を貼ったのが「日本間」でアメリカの雑誌を貼った方を「洋間」……。
洋間はオンリーの姉さんと米兵の部屋で、壁には裸の女のグラビア写真がいっぱい貼られていました。
米兵はヌード写真を貼るのが好きみたいですが、僕はそれが明るく、奇麗で隣の新聞紙の部屋よりは、ましだと思いました。
エーちゃんはどう見ても僕より年上のようですが学校には通っていなく毎日ぶらぶらしていました。でもいつもお金はたくさん持っていて、僕だけに良くおごってくれました。
どうして学校に行かないかを聞いたところ「手続きが遅れてる」とだけ言って言葉を濁していました。
習字の先生というお母さんは上品な人で「えーちゃんと仲良くしてね」を繰り返していました。洋間の隅に竜の描かれた大壺があったのが印象的です。
僕が小学卒業と同時にこの一家は何処かに消え、噂では姉さんは米兵と結婚しアメリカに渡り、エーちゃんとお母さんは台湾に帰ったと聞きましたが本当は誰も知りません。

節分

あちこちから少し恥ずかしく思える「鬼は外、福は内」の大きな声が聞こえ豆がまかれ、春を迎えます。
そうすると、まもなく初午がやって来て、ぼく達の駅前稲荷広場は子供で溢れました。
祠となりの町内会館に据えられた大太鼓をドンガカドンドン打ちまくり、商店街のおじさん達が持ち寄ったお稲荷さんへの供物を分けていただき、ぼく達は二コ二コでした。
秩父の山に陽が落ち、宵宮にかわるとぼく達は追い払わられ、中学生以上の青年団が焚き火を囲んでの酒盛りにかわりました。
ワイ談ワイ歌をがなり立て、そこへ学校へ行かず仕事もしていない不良少女やハニーさんも加わり、妖しげな空気に包まれ、何故かぼく達は広場から追い払われたのでした。
仕方なしに帰宅したぼくはいつも通り、お母ちゃんから頭から足までハタキをかけられ、雑巾で顔、手足をキュツキュツと拭かれ後に部屋に入れてもらいました。それだけ泥だらけ、ホコリまみれで遊んでたのでした、
お母ちゃんの雑巾は何時も綺麗な絞りたてで、ぼくはこの夏には夏の水、冬には冬の水の匂いの雑巾が大好きでした。今もぼくは雑巾で顔を拭くのは大好きです。

雪合戦

雪あそびの中ではなんてったって、雪合戦が一番です。それはお稲荷さんの広場に限ります。
なぜなら畑のようにだだっ広くないので、双方とも追い詰め合い、思う様雪球をぶつける事が出来たからです。
思わず目を閉じ、頭を抱え、うずくまるほどの接近戦まで行われるので、それぞれの勇気が測れるので餓鬼大将はそれを元に子分のランク付をしていました。ぼくは何時も逃げごしなので、一番下っぱでした。
中学生は喧嘩に発展する事もしばしばですが「やめろ!」大将の一声でケリがつき、大将のスケと言われるセーラー服のテンプラ女学生H子も「そう、仲良くしなよ!」と好きになれない体臭を発散し、分かりきってることを繰り返してます。
このテンプラH子、この後朝霞のヤクザの親分と新聞沙汰になる大事件を起こすのです…この話はまた今度。