幸手(さって)モデルとはなにか

地域活動に足を踏み入れたのは、13年前の「地域福祉計画策定委員会」に加わってからである。この委員会は今では「地域福祉を考える市民の会」と改組し、行政の主催から市民グループの運営にと姿を変えている。
当初の社会福祉法の制定に伴う“策定せねばならぬ”段階から、当面する朝霞の問題を具体的に考えて提言するグループにステップアップしたというわけだ。
構成するメンバーは19人。一般市民、市議会議員に、現役の介護福祉士、訪問看護士、作業療法士、OBの教員や元ヘルパーなども加わって誠に多彩。月一回の定例会では「在り方論」から具体的事例に基づく提案、提言に至るまでレベルの高い議論が繰り返されている。
年に一度の市民向けシンポジウムも定着し、昨年は老年学の泰斗、我が長田久雄教授を招き、「老いるとはどういう事か」の講演をお願いした。

さて6月10日、今回はテーマを「地域包括ケアシステムの作り方」と決め、講師に埼玉県東部の幸手市・杉戸町で「幸手モデル」と言われるシステムを構築した中野智紀医師をお招きした。

講演抜粋
1) 地域包括ケアシステムとは、2025年度を目途に、重度の要介護状態になっても、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供されるシステムを構築することである。
2) 地域の住民、専門職、行政など、あらゆる資源を緩やかに繋げ、住民の生活価値の向上の実現を目指して協働していくための組織づくりである。
3) 幸手団地の健康と暮らし支え合い協議会では、重症化予防により健康推進へと繋ぐ、自立した生活への支援へと繋ぐ、コミュニテイ再生と見守りによる孤立防止 を目的にしている。
4) システムのポイントは国ベースではなく、自治体ベースの取り組みである。

幸手モデル」は「生きてゆく困難をいかに社会で支えて行くか」という難題に先進的に取り組み、成果を挙げつつあるシステムとして、この業界で注目を集め始めているらしい。そして重要なのはその中心に医師がいることで、行政だけでも、市民だけでも成立しえないもののように思われる。
当日は中野医師の知名度の高さもあって、近隣市を含め多くの行政職、専門職がつどい、会場は超満員、立見の出る盛況であった。
田谷英浩 (2017.6.14)

川奈ホテル富士コース

P1020852川奈でゴルフ、というのは依然ある種のステータスである。
ホテルの開業は1936年、経営が大倉財閥から西武系に代わり、2つのゴルフ場は会員制からパブリック制に転換しているとはいえ、橋本-エリツインの日ロ首脳会談(川奈会談)開催地であり、毎年、プロのゴルフトーナメントが行われる伊豆の景勝地である。

ゴルフコースの距離はさほど長いとは言えないが、自然そのままのフェアウエイ、砲台グリーンを取り囲むアリソン・バンカー群、海から吹き付ける風。太平洋に面したインコースの美しさは世界のゴルフ場のトップテンに入るという評価もある。我々には容易に50を切れない難易度の高いゴルフ場である。
それにもまして我々を寄せ付けないのはプレー料金の高さ。ゴルフコースがあくまでホテルの付属施設であるため、宿泊者以外のプレーはできない。従って料金は高額にならざるをえない。バブル期、泊まって、呑んでプレーして10万円とも言われていた。幸いにして、現役時代には一時期ここでプレーすることのできる境遇にあったが、退役後は当然ご無沙汰だった。

ところが春先になって、ここでプレーしないかという果報者が現れた。聞くと高額の遺産を相続したとかで、これまで世話になった友人たちを川奈に招待したいのだが、どうかという。一も二も無く本人の気の変わらない内にと計画を急ピッチで進めた。
6月初旬、二泊三日の川奈ゴルフに招かれたのは、「陸京会」4人と準会員2人の6人、全員70歳超。これが2組に分かれてプレーすることになったが、コースの難しさが昔のままで、腕前が年々落ちているとなるとスコアはとても公表したくないレベル。
しかし好天に恵まれた上に、昔の仲間とプレーすることの気軽さ、川奈でプレーしているという優越感、費用負担の無い開放感などが相まって、皆うきうき和気藹々。友達っていいなと当たり前の感想を漏らしつつ、こうした境遇に感謝する。メンバーからは“来年も”という声も上がったが、主催する本人は“そればかりはご勘弁”と渋い顔。
田谷英浩 (2017.6.12)
Kawana_Hotel_Golf_Course_Aerial_photograph.1976

映画監督と時代

早稲田・大隈小講堂で開催された映画監督が「映画と時代」を語るシンポジウムを覘く(4月22日)。
木下恵介の『陸軍』(1944年松竹)の上映後、パネラーに森達也、ジャーナリストの野中章弘、切通理作、ロックミュージシャンPANTA氏らが登壇する。国策に沿った映画しか作ることが許されなかった時代に木下恵介はどのように自分の作品と向き合ったのか。日本が戦争のできる普通の国になりつつある今、映画監督はどのように時代と向き合うべきなのかを考えようというわけだ。
早稲田大学ジャーナリズム研究所が主催するシンポなのに、会場に学生の姿が見当たらない。早大生にしてからがこうなのかと些かがっかりするが、会場を埋める高齢者からは安倍政権の露骨な右傾化を指摘する声が相次ぎ、束の間連帯を意識する。
昨年の同じ会では、小栗康平、荒井晴彦両監督が“反戦映画であっても、戦闘シーンはアクション映画になるから僕らは撮らない。非戦の日常を撮りたい”と言うのを聞いてなるほどと思った。
今年は、日本映画は被害者の視点から作られたものが多いが、ドイツ映画は加害者の視点で描いたものが多いという森達也監督の指摘になるほどそうだったのかと認識を新たにする。

折から、池袋・文芸坐では「映画に刻まれたナチスの爪痕」シリーズと銘打ったドイツ映画が上映されていた。未見の二本を見る。


手紙は憶えている
Remember 2015年 カナダ・ドイツ アトム・エゴヤン
家族を殺したナチスへの復讐の旅にでる90歳の老人。50年前サウンド・オブ・ミュージックでトラップ大佐を演じたクリストファー・プラマーの演技は芝居か地か。


アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男
Der Staat Gegen Fritz Bauer 2015年 ドイツ ラース・クラウメ
過去の清算に消極的な政府と旧ナチ党員の妨害の中で、孤高の検事長フリッツ・バウアーはどのようにアイヒマンを追い詰めたか。

二作品とも記憶に残る質の高いサスペンス映画であった。
田谷英浩(2017.6.6)

国連特別報告者

耳馴れない言葉が登場した。フリー百科事典ウイキペデイアによると、国連の人権理事会から任命され、特定の国やテーマ別に人権侵害がないか調査・監視・報告・勧告を行う専門家(special rapporteur)であるという。
そのジョセフ・ケナタッチ氏が「共謀罪」法案はプライバシー侵害や恣意的な適用の恐れがあるとする書簡を安倍首相に送った。また同デービット・ケイ氏は、日本における表現の自由の現状について、政府・与党による報道関係者への圧力を指摘した。「報道の自由度世界ランク」において、日本は年々順位を下げ、昨年は180か国中の72位、G7で最下位もむべなるかなである。
これに対し日本政府は「個人の報告で国連の立場を反映していない」と反論している。しかし同氏らは「書簡は国連の特別報告者として送ったもので、個人としてではない」と応酬。調査の結果に法的効力は無いようだが、報告が6月から始まる国連人権理事会で採択されれば、「日本は報道の自由のない監視社会?」と世界から見なされる恐れもあり、結果が注目される。

さて安倍一強体制と与党の無気力、野党のふがいなさについてはもう書くことも喋ることも嫌だが、これだけは言っておきたい。
森友学園問題も加計学園問題も忖度どころか総理側の直接主導、介入であることは自明である。かねて総理は「私や妻が関係していたことになれば首相も国会議員も辞める」と明言している。いかに油断ならない人物とはいえ、まさかこの言葉を記憶にないとか、言った覚えはないとは言うまい。
国会答弁の中で、自分の考えの詳細は読売新聞を読めと一企業の宣伝をするような非常識で驕り高ぶる首相を反安倍勢力はどうして徹底的に追い詰めないのか。実に歯がゆい。憲法問題も重大であるが、危

険水域に入った米国大統領の番犬的スタンスも日本にとって心配である。
さて読売新聞。首相贔屓の読売の朝刊販売数は現在約900万部。以下朝日650万、毎日300万、日経270万、サンケイ150万部である。
新聞業界は読売1,000万、朝日800万の時代が終わって、軒並み深刻な部数減に陥っている。要因はインターネットの普及、電子版へのシフト、新聞に対する信頼感の喪失、新聞を購読しない世代の増加などであるが、「押し紙」などという新聞業界独特の販売促進用の部数を差し引くと、実態は公表されている数字の80%という説もある。

たまに乗る通勤時間帯の電車内を見回しても、新聞を広げている人は少ない。我々の時代は立錐の余地なき満員電車の中で、新聞を四つにたたみ、八つにたたんで経済記事も社会面も渡辺淳一も読んだものだ。それが今では老いも若きも、男性も女性も親指でスマホからニュースをえている。
あんな小さな画面から解説記事や論評を読み取る事は多分難しいのではないか。必然、人間の思考は単純なものにならざるをえない。〇か×か。しかも戦争を知らない世代が社会の大半を占め、その彼らが社会を動かす時代になった。しかし政治的関心は低い。だから、「共謀罪」は戦前の治安維持法の再来と説いても、戦争そのものを知らない世代には説得力がない。

最後に「共謀罪」衆院通過を5紙はどう報じたか、5月24日の朝刊で比較する。

読売 
「テロ準備罪 衆院通過」 自公維賛成今国会で成立へ
・不安あおらず冷静な議論を
・一般人は捜査対象になりえない
朝日 
「共謀罪」衆院通過 自公維賛成 参院へ29日審議入り今期内成立厳しく
・捜査機関が権限を乱用し、一般市民への監視を強めるのではないか
・一般人とは何か
・何が罪に問われるのか分からない
毎日 
「共謀罪」法案衆院通過 参院審議29日以降に
日経
「共謀罪」法案が衆院通過 29日にも参院審議入り
・国際組織犯罪防止条約に入るために同法案の成立が必要
・東京五輪に向けたテロ対策を強化できる
サンケイ 
テロ準備罪衆院通過 参院審議入り29日以降
・法案を共謀罪と呼び、一般人の内心の自由を侵す 一億総監視社会になると不安をあおったと野党を批難
・野党や朝日が不安をあおりながら、今は容認、定着している事例は多い

政府のスポークスマン的メデイアと批判メデイアの姿勢が露骨である。貴方はどっち派?
田谷英浩(2017.5.30)

伏見稲荷大社の喧騒

観光目的で日本に来る中国人に、日本のどこに行きたいかと聞くと、「中国人がいないところ」と答える人が増えたという。
大いに笑える話である。バブル最盛期、世界の何処に行っても日本人だらけの頃があった。そんな時、ことさら同邦を無視するかのような態度を取る人がいた。もともと人間には“自分だけ”といういやらしいところがあるので、ホテルのエレベータの中で、プイと横をむかれたり、ツンと済ましている人間が確かにいたように思う。ともかく人間の本性にはいやしいところがあるのだ。

観光立国日本を宣言いらい、訪日外国人旅行者が急増して、昨年は2,400万人に達したという。その25%が中国人。大声で話す、うるさい、ところかまわず写真を撮る、あまり彼らの評判は良くない。
そんな彼らが大挙して観光都市・京都に押し寄せる。宗教にあまり興味のない彼らは、お寺の建物と庭だけを見て足早に去る。奈良では大仏より奈良公園の鹿に人気があるそうだ。
道路は観光バスで大渋滞、市内バスはスーツケースに占拠され、住民は大迷惑。儲かっているのは民泊とドラッグストアだけちゃう?と京都人はぼやいている。
従って古都の歴史と文化、静寂を期待する日本人の足は遠のく。昔は修学旅行シーズンと紅葉の季節だけは外そうとしたが、今は何時もダメ、当分京都は止めにしたという友人も多い。

こちらも京都好きでは人後に落ちない。卒業後、勤務地の「鳥羽」を鳥羽伏見の戦いの鳥羽と思い込んでいて、三重県の鳥羽と分かったときは、大いに落胆したものだ。
爾来50余年、京都市内の有名寺社、仏閣はあらかた廻り、サラリーマン生活後半には、祇園や先斗町の落着いた横丁も馴染になった。

それでも積み残しはいくつもあり、その一つが伏見稲荷であった。
願いごと万事OKのお稲荷さまが目的ではなく、真っ赤な鳥居が延々と続く風景を見たかったのである。

3月の平日、しかしこれは見事に裏切られた。ここが三年連続、外国人に人気の日本の観光スポットであることを知らなかった。
JR奈良線の稲荷駅から本殿に至る道も、稲荷山への参道も脇道も、初詣の浅草寺か明治神宮を思わせる人人人の波。それも聞こえるのはアジア系外国語ばかりで、日本語は全く聞かれない。
千本鳥居どころか数万本はありそうな真っ赤な鳥居のトンネルも、上り下りのすれ違いの人と、立ち止まって写真を撮る群衆で身動きできない。まったく前へ進めない。しばしたたずんだあと、ほうほうの体で退散する。これは信仰の世界ではなく、まさしく観光、それもレベルの低い。

こんなところに押し寄せる外人観光客の気持ちが分からない。こんなところの何処が面白いのだろうか。何処に興味をひかれるのだろうか。真っ赤な鳥居が延々と続くことが日本的なのか、拝観料不要、閉門時間なしが魅力的なのか。摩訶不思議の世界である。

京都駅バス乗り場の雑踏といい、延々長蛇の列に並ばざるをえないレストラン、食堂といい、いずれも我慢の限界を超えている。
それでも大気汚染のひどい北京からやって来た人からは、風光明媚な日本を中国のリゾート地にしたいという恐ろしい声も挙がっているという。クールジャパンなどと浮かれていると、観光日本を丸ごと乗っ取られるかもしれない。
田谷英浩(2017.5.15)

AIとBI

一見、語呂合わせのようだが、これが違うのだ。
AIは言わずと知れた人工知能:Artificial Intelligenceの略で、BIは「生活に最低限必要なお金を国民全員に一律に給付するベーシック・インカム制度」:Basic Incomeの略である。どうしてこんな事を議論することになったのか。
囲碁や将棋の世界で、AIがプロを負かす例はもう珍しくない。AIはすでに難関私大合格レベルに達していると言うし、2021年に東大合格をめざす「東ロボくん」プロジェクトも急ピッチで進んでいる。

我々は新しい技術が絶えず人間の仕事を奪ってきた過去の歴史を知っている。だから2030年にはホワイトカラーの半分がAIに代替されるという予測もあながち誇大とは思わない。しかしそうなった時、人間に残された仕事とは何なのか。多くの人間が既存の職を失う可能性があるとなると、これまでとは異なった概念の社会システムを構築しないと、経済・社会が成り立たなくなる恐れがある。
AIやロボットなどの生産手段を持っている者には莫大なお金が入り、職を奪われた人たちにはお金が入らない。貧困や格差はいま以上に広がるに違いない。

そこで考えられるひとつの政策がBIである。今の諸々の社会保障制度は複雑で不公平感が否めない。ところがBIはすべての国民に一律に給付するので、行政コストがかからず、公正で不正受給も起こらない。
ただし問題もある。財源をどうするのか。働かなくてもお金が入ってくるユートピアみたいなことがありうるのか。
BIは人間の労働に対する倫理観など人間と社会の係わり方において本質的な問題を含んでいる。しかし来るべき社会が安定的に成り立つためには、BIの導入こそが問題解決の切り札であり、財政的にも十分可能だと主張する学者も登場している。

3月、自由時間倶楽部は15年間の活動を終了し、我々は「頼れる大人の会」を今後自主運営することにした。その第一回の勉強会がこれであった。コーデイネータを畏友野瀬隆平氏にお願いし、「来るべきAI社会にどう対処するのが最善か」を、参加者で語りあった。新しい出発に相応しいテーマになった。
田谷英浩(2017.5.10)                                        

こんな映画こそ大ヒットしてほしい

一日に3本、立て続けに話題の新作を見た。旧作を名画座系でまとめて見ることはあっても、新作3本は貴重な初体験。


人生タクシー TAXI 2015年イラン
監督 ジャファル・パナヒ
ジャファル・パナヒは20年間の映画監督禁止令を受けながらも、自らタクシー運転手に扮して街を流す。そして情報統制下のテヘランの街で暮らす乗客たちの人生模様を描き出す。
タクシーのダッシュボードに置かれたカメラを通して見せられるのは、
死刑制度について議論する教師と強盗、海賊版レンタルビデオ業者、交通事故にあった夫と泣き叫ぶ妻、金魚鉢を手にして急ぐ二人の老婆、強盗に襲われた幼なじみ、政府から停職処分をうけた弁護士など、まあ普通の人びととの日常的な会話。
なかで学校の実習で映画を撮影中の小学生、監督の姪が面白い。“本当のことを撮るのが映画なのに、なぜ本当のことを撮ると上映できなくなっちゃうの?”とあどけなく語らせる。
女性弁護士とのやりとりや、この姪に体制批判を語らせ、他の乗客にはイランの息苦しい日常を語らせる。勇気とユーモアにあふれた作品だが、当然の如くイランでは上映禁止とか。

なお本編上映の前に、森達也制作の「これは映画か映像か」という共謀罪を念頭においた短編が上映された。日本の作家も発言を始めた。


午後8時の訪問者 La Fille Inconnue 2016年ベルギー/フランス
監督 ジャン=ピエール・ダルデンヌ、 リュック・ダルデンヌ
この邦題からは、これがサスペンス映画であることを予告される。
しかし原題は、直訳すると『未知の女の子』。観客を騙すあざとい手口かと邪推したが、そうではなかった。
診療時間を過ぎて鳴ったドアのチャイムを無視した若い女医は、翌日発見された身元不明の少女の遺体が前夜助けを求めた少女であることを知らされる。少女の死は事故なのか、事件なのか。ドアホンに応じなかった女医は自身の良心や正義に葛藤する。はじめは医師を恨む復讐劇の傑作『眼には眼を』の系列の作品かと思ったが、医師を追い詰めるのは犯人ではなく、誰にもある自責の念。
そしてオーソドックスな人間ドラマがサスペンス風に展開されるなかで、次第に真相が明らかになる。ダルデンヌ兄弟という監督は「天才」と言われる人らしい。誇大な演技も大袈裟な音響もなく、たんたんとストーリーが展開される。映画ってこれでいいんだよな と思わずつぶやく。
ハリウッド製CG満載の騒々しい映画の対極にある傑作と言えよう。

蛇足:邦題はごくありきたりだが、多分これでよかったのだろう。
先年大ヒットした『アナと雪の女王』の原題は、Frozen、つまり凍結。このままだったらあれほどの観客を動員できまい。ついでに過去の名作の成功例を挙げておく。
Waterloo Bridge→哀愁
Summertime→旅情
My Darling Clementine→荒野の決闘


わたしは、ダニエル・ブレイク I Daniel Blake 2016年イギリス
監督 ケン・ローチ
2年前の『ジミー、野を駆ける伝説』で引退を表明していたケン・ローチ監督80歳の最新作。労働者階級に焦点を当てた作品を作りつづけてきた老監督は、待てよ、最後にこれだけは言っておきたいと再びメガホンを取ったのだろう。

初老の失業した大工の視点でイギリス社会の現状を告発する。雇用支援を受けようとする側への役所の形式的な対応と煩雑な手続き、パソコン社会に順応できない老人たちへの無理解、貧困に追い詰められる弱者の恐怖、ゆりかごから墓場までといわれた英国の社会保障はどうなっているのか。いまの日本にも通じることばかり。終盤、ダニエル・ブレイクは小さな行動を起こす。時の権力にはあまりに無力だが、いま各地で散発する共謀罪反対デモにも似て切ない。
働けど貧しい、だが屈しない。人としての尊厳を失ったら終わりだとケン・ローチはダニエルに語らせる。本コラムのタイトル「こんな映画こそ大ヒットしてほしい」はこの作品に対する山田洋次のメッセージ。
みなさん、これは必見ですぞ!
田谷英浩(2017.5.1)

赤穂線

JR赤穂線は兵庫県の相生駅と岡山県の東岡山駅を、瀬戸内海に沿って結ぶ57.4㎞のローカル線である。
相生と東岡山の両端で山陽本線に接続していて、この区間は「選択乗車」が可能、つまりどちらを通ってもいい事になっている。難しく言うと、「旅客営業規則第4章第15条乗車券類の効力」でそうなっている。
この区間、山陽本線は山陽道に沿って建設されたため、船坂峠という難所を克服せねばならず、当初赤穂線は山陽本線の輸送力を補うバイパス線として建設された。しかし山陽本線の複線電化による輸送力の増強が実現すると、単線一部非電化の赤穂線の位置づけは、地域住民のためのローカル線に転落した。

そんな赤穂線に久しぶりに乗った。ノートを繰ると初乗りは1977年10月28日、40年前である。国鉄全線乗車に燃えていた頃で、津山線、姫新線、伯備線、因美線、播但線を乗りつぶす一環にあった。
当時のノートによれば、早朝神戸三ノ宮を出て、姫路から赤穂線を経由して岡山に向かっているのだが、このローカル線沿線の記憶が全くない。地図上では海岸線近くを走るのに、実際に車窓から海が見えるところは非常に少なく、日生(ひなせ)駅付近でチラッと見えただけであった。しかし、この沿線は日本三大奇才・はだか祭の西大寺、刀剣の産地・長船、備前焼の本場・伊部、忠臣蔵の赤穂と観光資源に事欠かない。

3月15日、高松からの帰途に乗った岡山発13:55の電車は、停車の度に岡山市内での買物客を降ろし、終点の播州赤穂駅が近づく頃には車内はガラ空きであった。新幹線なら岡山―姫路間は30分、わざわざ在来線、それもローカル線に乗る客は地元民しかいそうにないが、海は少し遠いとはいえ、風光明媚の地、JR西日本はこれを生かさぬ手はない。宝の持ち腐れで勿体ない。

時刻表ファンから「赤穂線」を見ると、面白いことに気づく。全線を直通する列車が無いこと。播州赤穂駅を境に、東は京都・大阪・神戸へ向かう新快速列車の出発駅であること。西は岡山・三原・福山へ向かう山陽本線の直通列車と、驚くことに伯備線を経由して備中高梁・新見へ直通する列車の始発駅になっていること。沿線人口の動態がこうした運行形態を実現させたのであろう。
田谷英浩(2017.4.27)

西山聖君の挑戦

畏友西山聖君が陶磁器に関心を持ち始めたのは、いったいいつ頃なのだろうか。美濃出身の奥さんの影響か、勤務地を転々とする中で、九谷焼に出会い、或は伊万里や有田の陶器市でその魅力に取りつかれたからだろうか。
いずれにせよ我々が、ゴルフ、麻雀、カラオケに興じているころ、陶器の勉強をこつこつ始めていたらしい。
最後の勤務地大阪時代になると、休日は陶芸教室に通い、出来上がった作品を友人らに配り始めた。だが、その頃のものはやや肉厚で武骨のぐい呑みが多く、有難く頂戴はしたものの、その器で毎晩晩酌とはならなかった。

そうした彼から、サラリーマンを卒業した昨年、本格的に陶芸の道に挑戦するという便りが届いた。陶芸教室には飽き足らず、自分の窯を設置し作品を創るのだという。
趣味人西山聖君の面目躍如である。賭け事やゴルフに距離をおき、日本全国の名所旧跡、うまいもの、うまい酒に詳しく、一緒に旅をしていて、この人ほどウマの合う男はいない。
そんな高尚な趣味を持つ彼が、いよいよ本格的に陶芸を始める。他人事ながら大いに期待する。こちらの浅薄な知識は、丹波篠山辺りに登り窯を設置するのかと早とちりしたが、いくら何でもそこまではということで、自宅を作業場に大改造した西山窯の運転開始を待つことになった。

unnamed-13月某日、住宅兼作業場(工房)に改装された北千里のマンションを訪ねる。マンションはコンクリートの箱、改造は意のままなのだという。へえーそんなものかとまず感心する。
工房にはロクロが設置されていて、既に素焼きの成形品がところせましと並んでいる。ぐい呑み、徳利、小皿、こばち、ビアマグ、長方皿、片口、丼鉢、花瓶…。
サラリーマン時代の人の良さそうな面影が消えて、バンダナ、前
掛け姿はいっぱしの陶芸家風で、こちらの言葉遣いも改まる。
“センセイ などと言ったら嫌味だろうな、しかし西山君では失礼かな”。

まず簡単なレクチュアを受ける。
●ロクロは回転テーブルをまわし、粘土を成形するものである。足蹴り式、手回し式、電動式があるが、電動式でも回転が滑らかで静粛なDDモーター式を採用した。(ホホウ)

●陶器は「土もの」と言われ、粘土からできている。粘土は全国さまざまな土地で採取され名前が付けられている。その土地の成分の違いが焼き上がりの違いとして現れる。(フムフム)

●代表的粘土として、信楽の赤土・白土、美濃の志野土・もぐさ土、御影土、半磁器土などがある。そのほか焼き物産地と土地固有の粘土として、
益子土―益子焼、備前土―備前焼、萩土―萩焼、唐津土―唐津焼
朱泥土―常滑焼、磁器土―九谷焼・有田焼などが著名である。(ナルホド ナルホド)

次いでロクロを回しながらの実演に移る。観光地などで見かけることはあるが、今までとは表情の違う友人に見入る。

〇下準備として作業机の上に、粘土の塊を取り出し、まず均一の固さにならす「荒練」、粘土に入り込んでいる空気を押し出す「菊練」を行う。
〇次にロクロに粘土を乗せ指先で加工する。水をかけた粘土の塊を両方の手のひらで挟み、持ち上げたり、下げたりする。粘土の分子を均一に揃え、中心を出すためだそうだ。(土殺し)。

意外にもこれはかなりの力仕事。
まだ3月、外気は冷たいのに作業場に汗が滴り落ちる。

〇中心を出した粘土を、夏蜜柑ほどの大きさに抑えた指で印しをつける(玉どり)。そこに親指で穴をあけ、穴を広げながら両手の指で粘土を挟み、底から上へ引き上げる。この作業を何度か繰り
返し、作家の目指す作品の高さと厚みを作りだす。
〇それまではただの土の塊だったものが、魔法のように花瓶の形に成長し、コーヒーカップの原型に変身する。
やがて、納得したらしい、ウンと肯いて成形された作品の下方に糸を巻き付けてカットする。そして赤児を抱き上げるかのような、やさしい手つきでそっと切り離す。ロクロ作業はここまで。

作品の良し悪しは多分ここまでで決まりそうだ。この後、いくら高級な上薬(釉薬)をかけたとしても、素材がダメなら女の厚化粧見たいなもので世間には通用すまい。必要とされるのはセンスだ。
ここまで一連の作業工程を見て感ずるのは、意外にもこれは力仕事であると同時に非常に細やかな指使いと繊細な神経が要求されること。
優秀なプロゴルファーが腕力と下半身でボールを遠くへ飛ばし、女性を撫でるようなタッチでパッテイングするのとよく似ている。

さて、第二幕はロクロを置いた作業場から15分ほど離れた第二の工房に移る。岐阜県多治見製の電気窯(200V20A4㎾ 1,280℃)を設置するには電気容量の関係で別棟を用意しなければならなかった。そして次なる工程は、

●成形品を一日から二日、乾燥させる →余分な粘土をそぎ落とし、高台を加工して狙いの形に仕上げる →水分が抜けるまで二、三日乾燥させる →電気窯で8時間、800℃で焼成する(素焼き)
→12時間以上冷ましたのち、下絵付けをし好みの釉薬を全体にかける →1230℃で本焼きを12時間行う →18時間窯の中で自然冷却する →窯出し

●成形品をロクロから切り離してから、実に一週間の長丁場。電気窯の置かれた第二工房には泊まりこみのためのベッドも用意されていて、時には寝ずの番をすると言う。
対面した作品が気に入らず、叩き割ることもあろう。しかしまずは、釉薬の付着具合、流れを見て思い通りと判断するのか、失敗作とするのか。或は予想外の釉薬の反応にほくそ笑むのか。
作品として残すもの、他人に進呈するものがこの段階で選別されるのだろう。注文が来るまでになれば別だが、多くの趣味人は出来上がった作品の処分に困るとも聞く。
だが彼のウデはかなり上がっている。現に今使っているぐい呑みやビールジョッキは彼の作品である。

釉薬というものに、こんなに多くの種類があるとは知らなかった。ずらり並んだ棚には、「自分なりに釉薬の濃度を落ち着かせ、安定した発色を得られるよう何度も試し焼きを行う」と作業心得が貼りだされている。
その一覧表を見ると、商品ごとに、購入日付、品名、推奨濃度、測定値、燃焼温度、注意事項などがこまごまとかかれている。
もはや玄人の世界。二、三抜き書きすると

・酸化志野釉 1200~1250℃ 光沢あり 安定して焼成幅広い
・鉄赤釉   1200~1230℃ 酸化、還元ともによい
口縁が焦げ茶に変色
1230℃以上は黒ずむので注意
・飴釉    1180~1200℃ 安定して焼成幅広い

などとある。
もはや彼の顔には、会社の業績に一喜一憂し、人事に心を配る心配顔はない。これまでとは違う別の世界を歩み始めた自信と風格が漂う。
やきものの楽しみは、目で味わい、掌でめでることにあるという。 こうした高みにまで達するか否かは今後の精進次第だが、国宝級の茶碗の真贋を見極めるレベルを期待したい。(でもここまでは無理かな。)
いずれにせよ趣味の世界とは言え、広く、浅く、飽きっぽい、我が人生に比較して、ここまでやれば立派!ただただ脱帽するのみ。
田谷英浩(2017.4.15)

二つの鉄道博物館

神田万世橋にあった「交通博物館」が閉館したのは、11年前の2006年5月。それに替る施設として東では大宮に「鉄道博物館」が、西では京都に「京都鉄道博物館」が誕生した。今週はこの二つを訪ねたレポート。

鉄道博物館(さいたま市)
「交通博物館」閉館後、順次展示物の移送を行い、2007年10月14日「鉄道の日」に開館した。運営はJR東日本。所在地は浦和電車区の車両解体場跡地で、それ以前は川越線気動車の留置線。
鉄道分野に特化した展示構成になっていて、鉄道以外の交通分野に関する収蔵品は大阪の「交通科学博物館」(1962~2014年)に移された。

子供の頃、父親は上野の科学博物館へ行くことを薦めたが、足は神田の交通博物館に向かった。のちに「テツ」と称される、趣味が鉄道というような人間になろうとは思いもよらなかったが、学生時代、社会人生活を通して、鉄道の呪縛から逃れられなかった。

さて鉄道に特化したここ大宮の博物館には、自動車、船舶、航空機などの姿はなく、あくまで鉄道一本槍。昔は「パノラマ模型運転場」と言っていたように思うが、今はジオラマの名でミニチュア列車が走り回り、子供たちの目は釘づけ。一方我々高齢鉄道ファンは「ヒストリーゾーン」の実物展示車両が懐かしい。
なかで、国の重要文化財に指定されることになった大正期製造の通勤型電車ナデ6110系式に注目する。全長16m、ロングシート、片側3か所の乗降扉、と現在の通勤型車両の原型になったものである。集電装置としての屋根上の2本のトロリーポールが異彩を放っている。

京都鉄道博物館
昨年4月開館、まだ一年経っていない。運営はJR西日本。
前出、大阪の交通科学博物館収蔵品の一部と2015年8月に閉館した梅小路蒸気機関車館の収蔵品を展示するほか、つい先だってまで走っていた500系新幹線やボンネット型特急電車が待っている。しかし目玉は鉄道ファンなら一度は訪れたい梅小路機関区の扇型車庫と20両のSL、そして転車台。日本最古の木造2階建て和風駅舎旧二条駅舎も美しい。
とりわけ扇型車庫の一つ一つから頭をのぞかせていて、今にも走りだしそうなSL群が圧巻。SLの代名詞にもなったデゴイチも、全国のローカル線を駆けずり回ったハチロクもいる。この光景にうっとり。時間の経つのを忘れる。

梅小路機関区にて

梅小路蒸気機関車館はSLの動態保存を目的とした施設で、当初は東京に近い栃木県小山機関区が有力候補であったという。しかし日本の中央部に立地している、集客力の大きい名所旧跡がある、大型SLの保守実績がある、SL運転可能な路線が近くにあるなどの観点から梅小路が保存機関区に選定された。

昭和13年生まれのD51 筆者と同年齢

春休み、「大宮」は孫テツと、「京都」は大阪の友人と訪れたが、共通するのは押し寄せる入館者の大群。それも性別、年齢を超えた幅広さ、京都には外人の姿も多い。鉄道ファンってこんなに沢山いたの?と呆れるような賑わい。聞き耳を立てるとチビッ子たちの専門用語も聞こえてくる。乗り鉄、撮り鉄、鉄女とテツの世界も広がったが、「車両派」という確固たるジャンルがある。この子たちはその予備軍なのだろうか。

今年は国鉄が民営化されて30年。鉄道旅としては邪道と思える豪華列車運行の話題とは裏腹に、地方鉄道網の維持が大きな課題になってきた。鉄路の行く先を考え続けたい。
田谷英浩(2017.4.6)

怒り

終の棲家を神戸に定めた友人が怒っている。“いくら号泣議員の本場、兵庫県とは言えこれは許せない、酷すぎる”という。
何をそんなにと聞くと、昂奮醒めやらぬ口調で、まずこれを見よとチラシを手渡された。
チラシには「おじさんは怒った!素人のおじさんが立ち上げた議会改革神戸」とあり、気力はあるけど、体力のない4人のおじさんが怒って作った集団とある。
一時の激情に駆られてか、という気もするが、我が友人のこれまでの行動を総括すると、何時まで続くかと思われた市民運動や地域活動が気づく頃には定着して、一定の役割を果たしている。従って、これが過激派の衝動的行動とは考えにくい。

チラシをながめると、神戸市会議員の年間勤務日数は57日で、勤務時間は平均2時間15分。特別委員会や各種委員会出席のために、仮に自宅で準備する時間を含めても僅か74日にすぎない。年収をこれで割ると、1日3時間弱の勤務で、日給28万円という途方もない数字になる。これは法外、異常ではないかが第一点。

第二点は神戸には市議が多すぎる。一人の議員に対する有権者の数を横浜と同じにすれば35人でいい。69人も必要ない。
第三は議員が市政に対する問題意識を全くもっていない。議会が近づくと、行政側職員が「センセイ、今度は何を質問しはりますか」と聴きに行き、答弁する方が質問を作ることもしばしば。使命感も倫理観もない議員が多すぎる、というわけだ。

その他いろいろ怒っているが、要は市民一人では何もできないなんて言わずに一人でもやる! やれる!を信念に神戸市を変えようではないか! 変える力は怒りであり、手段は投票である!と訴えている。
さすが我が友人、今後も年齢を忘れて頑張ってもらいたい。

翻って最近の我が行動はどうか。加齢と共に情熱とエネルギーを若干失いつつあるが、問題意識を失わずもう少し頑張らねばと自省している。
朝霞市では米軍基地跡地の国家公務員宿舎建設問題にノーを突きつけ勝利して以来、国、県、市と決定的に対峙する大きな問題はない。最近では市と手を携えた協調路線に終始している。なにもことを荒立てる必要はないが、一朝事あるとき市民は結集しなくてはならない。

昨今の風潮からは怒りの対象を国に向けるべきなのだが、安倍一強体制に骨抜きにされたマスコミも野党も無力で、マインドコントロールされた国民は、60%以上の支持を現内閣に与える。
以前なら内閣総辞職、解散総選挙並みの問題も、TV、週刊誌のゴシップを賑わす程度で一週間もするとたちまち忘れ去られる。

ある一日の新聞見出しを羅列するだけで、一年の重大ニュースが出来上がりそうだが、これも鮮度の落ちた豊洲問題のようで、解決の目処のたたないまま時間だけは経過する。
・高浜原発再稼働容認    ・核兵器禁止条約日本不参加
・森友問題 政権打消し躍起 ・共謀罪かテロ準備罪か
・教育勅語肯定の動き    ・民進 陰る改憲阻止   

これを書いている最中にも、
・シリアにミサイル攻撃 日本、米の決意支持 という日本にとり危険極まりないニュースが飛び込んでくる。我がコラムを含め、無力のおじさん達は怒りを表す場を持たずただブツブツ呟くのみ。
朝日歌壇から、
園児らが教育勅語を諳んずる戦前ですらなかりし異景 諏訪兼位
戦中派われもまさかと目をみはる幼ら誦しゐる教育勅語 黒沼智
本年度「私人・公人」ノミネート「流行語大賞難解部門」 今出公志                     
田谷英浩(2017.4.9)

細るJR北海道の鉄路 鉄道は誰のものか

3月4日のダイヤ改正で10の駅が廃止されJR北海道の駅数は436駅になった。(付表-1)
30年前の国鉄分割民営化当時の21路線 3,177㎞の鉄路は14路線 2,481㎞(▲22%)と身を縮めた。(付表-2)
人口減少、高速道路の整備、札幌一極集中と理由はさまざまだが、道内から鉄道が消えてゆくのは寂しい。
北海道の人口は現在538万人(ちなみに埼玉県729万人)、30年前のおよそ90%である。これが2040年には419万人、加えて札幌の一極集中はさらに進み、その内の41%171万人が札幌圏に住むと予想されている。
こうした予測に立つと、札幌、旭川、函館以外の超過疎地の道北や道東の鉄路をどう守るかという対策は二の次にならざるを得ず、ただでさえ気象条件が厳しく、線路の維持や車両のメンテナンスにハンデを抱えるJR北海道は気の毒と言わざるを得ない。
北の鉄路の危機は全国共通の問題である。災害の多発と人口減少時代に公共交通をどうするかは国の大きなテーマである。
昨年の熊本地震で甚大な被害を受けた豊肥本線も三セク南阿蘇鉄道も全線復旧の目処は立っていない。6年前の新潟・福島豪雨で鉄橋を流された只見線は今も不通のままである。
一方、東日本大震災で被災した三陸沿岸の山田線は漸く三セク化の方向が見えてきた。
しかし2年前、高波で大量の土砂をかぶった日高本線(146㎞)は、そのまま廃止かと噂されているし、乗客が極端に少なくなった陰陽連絡を目指した三江線(108㎞)は来年の廃止をJR西日本が申請した。
いずれにせよ地方の鉄道はピンチである。付表にあるように、一日の乗降客が10人にも満たない駅を存続させる理由を探すのは難しいが、他方、地方分権、地方創生と言いながら、リニヤ中央新幹線や整備新幹線に数兆円規模を投資して、結果、東京への一極集中を更に加速することになりそうな国の交通政策には鉄道ファンとしては大いなる疑問と不満を持たざるを得ない。
田谷英浩(2017.3.10)

付表-1 20173月4日 JR北海道廃止駅

廃止された駅 線名 ←隣の駅→ 駅間距離 ㎞ 停車列車数 本/日

上り -下り

乗降客数 人/日
美々 千歳 南千歳―植苗 12.0 14 14
島ノ下 根室 野花南―富良野 19.4 8 7
稲士別 根室 札内―幕別 9.4  5
上厚内 根室 浦幌―厚内 18.4  6
五十石 釧網 茅沼―標茶 13.9  4
東山 函館 駒ヶ岳―森 13.0  5
姫川
桂川 函館 石谷 6.6  6
北豊津 函館 黒岩―国縫 8.4  6
蕨岱わらびたい 函館 二岐―黒松内 11.4  4


付表-2 
1987年 国鉄分割民営化後廃止された路線

路線名 区間 営業距離 ㎞ 転換
函館本線 砂川―上砂川 7.3 北海道中央バス
幌内線 岩見沢―幾春別 18.1  〃
三笠―幌内 2.7  〃
松前線 木古内―松前 50.8 函館バス
歌志内線 砂川―歌志内 14.5 北海道中央バス
標津線 標茶―根室標津 69.4 阿寒バス
中標津―厚床 47.5 根室バス
名寄本線 名寄―遠軽 138.1

北見バス

北紋バスなど

中湧別―湧別 4.9
天北線 音威子府-南稚内 148・9 宗谷バス
池北線 池田―北見 140.0 三セクちほく高原鉄道
深名線 深川―名寄 121.8 JR北海道バス
江差線 木古内―江差 42.1 函館バス
五稜郭―木古内 37.8 三セク道南いさりび鉄道

ミュージカルと西部劇の復権なるか

ハリウッド映画からミュージカルと西部劇が消えて久しい。
前者は舞台の映画化権が高すぎて映画会社が興業的に自信を持てなくなったこと、後者はインデイアンを虫けらのように射ち殺すことにアメリカ人が疑問を抱くようになって、西部劇というジャンルが成立しなくなったことによる。こんな状況が長く続いた中で久しぶりに気合の入った二作が公開された。


「ラ・ラ・ランド」 LA LA LAND 2016米制作 監督 デイミアン・チャゼル

アカデミー賞の本命、もう一度観たくなる面白さ! の惹句につられたが、劇場を出る時、思わず“たのしさも中くらいなりラ・ラ・ランド”と言う駄句を思いついた。
誇大広告には文句のつけようもないが、配給会社のプレスシートそのままを受け売りするような評論家諸氏には呆れる。この映画のどこを高く評価するのか。
ミュージカルの過去の名作『ウエスト・サイド物語』には人種問題が、『雨に唄えば』にはトーキー初期の悲喜劇が、『サウンド・オブ・ミュージック』にはナチスから逃れる家族が描かれていて、それぞれに強いメッセージがあった。
しかるにこの作品には主張がない。しかも曲も歌もダンスも中途半端で、じっくり聴かせる、見せる部分が少ない。あえて良かったところを探せば、長いエンドロールのバックで演奏されるジャズくらいか。
唯一の収穫は、場末のバーでピアノを弾く主人公にマネージャーが発する“YOU ARE FIRED!”(お前はクビだ)のセリフ。
トランプ大統領得意のセリフの使い方がよく分かった。


「マグニフィセント・セブン」 The Magnificent Seven 2016米制作 監督 アントワン・フークア

映画史上、西部劇のベスト3は『駅馬車』(1939年)、『荒野の決闘』(1946年)、『シェーン』(1953年)ということになっている。
いずれも半世紀以上も前の作品で、その後亜流や二番煎じは出たが、正統派西部劇の復活は無かった。
ところがこの『マグニフィセント・セブン』はかなりいいセンを行っている。
黒澤の『七人の侍』、それをメキシコに置き換えた『荒野の七人』という名作二本を原案にしたというから骨格がしっかりしている。
賞金稼ぎ、ギャンブラー、流れ者、ガンの達人など、雇われたアウトロー七人は金のために町を守るはずだったが、いつしか目的が金ではなく正義になってゆく・・・。
ストーリーは類型的で目新しさに乏しいが、この作品には腰を据えて作り上げた重量感がある。むろん七人は滅法強いし、彼らの持つ武器にも特徴がある。しかし作り方は正攻法で画面にスリルと緊張感が漲る。
とりわけ七人がライフルを構えて並んで歩くシーンは『OK牧場の決闘』を彷彿させるし、ライフルを投げる、腰だめで連射する、一瞬のうちに敵を倒すシーンは、『リオ・ブラボー』の快感を思い出させる。
個人プレーあり、連携プレーありでゲームを見るようなワクワク感に溢れる。
ということでこの作品を稀な正統派西部劇として高く評価する。
田谷英浩(2017.3.6)

地熱エネルギー ~手つかずの埋蔵金/脱原発の原資~

地熱エネルギーは日本にとって、目の前にある手つかずの埋蔵金である。「地熱発電」こそ電力の安定供給の切り札である。と説くお茶の水女子大名誉教授冨永靖徳さんを講師に招き、「頼れる大人の会」1月の定例講演会を開催した。以下はその抜粋である。

〇日本はアメリカ、インドネシアに次ぐ世界3位の「地熱エネルギー」の資源大国である。再生可能エネルギーとして「太陽光発電」や「風力発電」だけでは安定したベース電源にはなりえないが、「地熱発電」をベースにした日本のエネルギー基本計画を策定することは可能である。
〇政府とマスコミはこれまで、この事実を国立公園の保護という名目で隠し、地熱発電を意図的に無視してきた。しかし地熱発電は安全保障の観点からも既存の再生可能エネルギーと合わせ、環境に配慮しながら強力に推進する必要がある。
〇日本人には自然の恵みに感謝し、自然の脅威に謙虚に畏怖するという原風景がある。この観点から言えば、「地熱発電」をはじめとして、「火力発電」も「小規模水量発電」も「太陽光発電」も「風力発電」も何らかの意味で自然の恵みと考えられる。しかし「原発」だけは自然の循環から完全に外れている。「原発」は日本人の感性の根源的な部分で合致しない。いくら「安全」と強弁しても受け入れがたい。 
               
●「原発は危険だから止めよう」というのは正論だが実は両刃の剣である。この議論は「安全管理さえ確実にすれば、稼働に問題は無い」という議論に呑み込まれる。「原発の稼働はたとえ安全でもダメだ」という認識が必要である。
●原発は一度稼働させると、停止後も使用済み核燃料棒から出る莫大な熱を冷却するために日夜海水を温め続ける。つまり海水温上昇で「地球温暖化」と「気候変動」に皮肉にも貢献することになる。
●3・11では地質学的にも国土の面積が減少したが、それとは別に放射性物質の飛散のため国土は狭くなった。例えば原発から半径30㎞が自由に利用できないとなると、福島県の約3倍という莫大な国土を失うことになる。               田谷英浩(2017.2.6)

重箱読みと湯桶読み

築地市場から豊洲への移転騒動を伝えるテレビで、アナウンサーやキャスターが【もりど】を連発するのに違和感と気持ちの悪さを抱いていた。最初は原稿の読み違いかとも思ったが、いっこうに【もりつち】と発音する人は現れず、こうなると俺が間違っているのかと不安になる。
テレビという絶対のメデイアの前には常識なぞは通じなくなっているが、信頼する「広辞苑」はどう表記しているかとハラハラしながら引いてみる。
手許の第5版には、【もりつち 盛り土】地面の上に、さらに土を盛って高くすること。また、その盛った土。とあり【もりど】という表記は無い。よかった! 俺は間違っていなかった。
しかしゼネコンなどの業界用語、【もりど】がここまで人口に膾炙するレベルに達していると、【もりつち】の旗色は悪く、理解し合える仲間と悲憤慷慨するほかない。

 日本語の熟語の読み方には、上の字を音で読み、下の字を訓で読む重箱読みがある。額縁(ガクぶち)、客間(キャクま)、工場(コウば)、台所(ダイどころ)、路肩(ロかた)などがこれである。
一方、上の字を訓で読み、下の字を音で読むのを湯桶(ゆトウ)読みと言い、朝晩(あさバン)、株券(かぶケン)、遅番(おそバン)、高台(たかダイ)、湯茶(ゆチャ)などがある。
盛土(もりド)も湯桶読みのひとつであるが、何となくそう発音したくない言葉である。

 言葉は難しい。いま、中央区の十思公園内の会場でシニアの会合を定例的に開催しているが、つい最近までここは(じゅっしこうえん)だとばかり思っていた。ところが正確には(じっしこうえん)なのだそうだ。とすると馴染の渋谷の居酒屋「十徳」は(じっとく)かと確かめると、いやここは(じゅっとく)ですと言う。
ことのついでに調べてみると、歴史上の「二十世紀」は、(にじっせいき)が正しく、鳥取の梨の段ボールにはNijisseikiのラベルが貼られているという。ただしアメリカの大手映画会社「二十世紀フォックス社」は(にじゅっせいきフォックス)と呼ぶのだから日本語は難しい。
田谷英浩三(2017.1.30)

小西昌博君

2月13日の夜、若い女性の声で電話があった。
「小西です。父が死にました。」 
一瞬何が起きたのか理解できなかった。
“エッ? お父さんが? どうして? いつ? 何があったの?”
電話の主はどうやら一緒に住む長女らしいと分かったのだが、うろたえて、聞きただすべきことが声にならない。

まさか、ありえない、そんな馬鹿な そういう気持ちが先走って事態が一向に信じられない。
“来月、神戸で会うことになっていたんだが”
「聞いていました。でも10日に亡くなりました…。」
しばし無言。
“で、事故? この前の電話の声は普通だったよ”
「一月末に肺炎で入院したんですが、容態が急変しました。間質性肺炎と診断されていました。」

信じるしかない。またしてもかけがえのない友人を失った。
小西とは60年に及ぶ付き合いだった。立教大学文学部史学科の同期生で、「史学研究会」のサークル仲間でもあった。
四国高松出身の彼の自由な下宿生活が羨ましく、後年窮屈な親元を離れ、一刻も早く地方の会社に就職したいと考える要因を作ったのは、紛れもなく小西の生活ぶりにあった。
春休みや夏の休みになると長期間帰省する彼を、東京駅へ見送ることも度々あったし、一緒に四国へ渡ったことも数えきれない。お蔭で、北海道は知らなくても四国は隅々まで知ることになった。

そして帰京の折、宇高連絡船の長い桟橋を全力で走って、夜行列車の席を確保したこともまだ昨日のことのように覚えている。
何度も彼の家を拠点に四国を旅した。室戸岬へも、足摺岬へも、初めて土讃線に乗ったのもその頃である。
ご両親には随分お世話になったし、可愛がってもらった。
東京で下宿生活をおくる息子をよろしくということであったのかもしれない。こんな関係だったから、新婚旅行の行き先を四国にした。まず彼のご両親に報告しようと思ったからでもあった。

その後も、生まれた子供三人が娘ということも、両親の年齢が全く同じであることなど、家庭環境が非常に似ていて話が通じやすく、何歳になっても仕事で四国へ出張する折は栗林公園に近い彼の家に寝泊まりしていた。

社会人として彼は教員の道を歩き、定年後は町の名士として地元の団体の役員を幾つか務めていた。
そんな彼と二年ぶりに神戸で会う約束をしたのが一月の中旬、そろそろ会うべき時間と場所を連絡しようかと思っていた矢先の悲報だった。
世間一般からすれば、トシに不足はないと言われるようになったものの、依然学生気分が抜けない間柄だった。
だからいなくなったという実感が湧かない。“おーい小西よ”“なんだよ田谷”と声が聞こえてきそうである。

友人が次々と去り、最近では年に数回、こんな気分を味合うようになってしまったが、今回は特別で本当にがっくり、力が抜けた。
残念ながら葬儀に駆けつけることはできなかった。
神戸で会う予定をした来月15日、お悔みに高松へ向かう 合掌
田谷英浩(2017.2.22)

ふがいない

原発ゼロをめぐる民進党の紛糾を見て発した小泉純一郎氏の嘆きである。推進派から豹変したライオン君子のスタンスはこの際問わないことにして、安倍政権への唯一の対抗軸として打ち出せそうに思えるのだが、支援団体に電力総連を抱える民進党は態度を決めきれない。
マスコミは連日、トランプ独裁政権の暴走と北朝鮮金正男氏殺害事件に血道をあげ、国民は聊かうんざり、食傷気味である。
注意すべきはこの大報道の陰で、着実に日本の右傾化が進んでいることである。
南スーダンへの自衛隊の派遣、共謀罪の新設、教育要領の改訂、カジノ解禁法、大飯原発再稼働…。
与野党の圧倒的な力の差を背景に、これまでの政局ならとてももたないお粗末大臣の首も繋がったままである。
防衛大臣の靖国参拝とPKOに関する詭弁、資質に欠ける法務大臣の答弁、文部科学省の組織的な天下り斡旋…、昔ならとうに内閣は潰れていた。
先の選挙で自民党を圧勝させた国民が悪いと言ってしまえばそれまでだが、右派団体「日本会議」をバックにトランプばりの独裁政治を進める茶坊主安倍晋三に国民の不安は大きい。

極め付けは怪しげな森友学園問題。国有地払い下げもさることながら、幼稚園児に明治の教育勅語と君が代を唱和させる薄気味悪い幼稚園(ユーチューブで見た)に安倍夫人が名誉校長を依頼され、安倍晋三記念小学校の名称で寄付金集めをやっていたという。本人は否定しているが、これはバブル期、知らぬ間に名前を語られ、パンフレットに理事長某として資金を集めた悪徳ゴルフ場と大差ない詐欺行為である。思い上がりが脇の甘さを招いた大失態ではないのか。野党は徹底的に追求すべし。 
田谷英浩(2017.2.28)

続 天皇の退位  ある読者からの感想

皇室に関しては聖域というかタブーというか、突っ込んだ議論が憚られるのが日本という国のような気がします。失礼ながらみなさん、今上陛下がお亡くなりになるのを黙って待っていたというのが本当のところではないでしょうか。
皇位継承については皇室の側から言ってもらわないと議論できない。そこに今上陛下が一石を投じてくださった。もう辞めたいと言ってくださったので、ようやく公に議論できるようになった。陛下ご自身が長く皇太子の地位にあって、いつまでも補佐みたいな立場にいるもどかしさと、高齢の親を引退させてあげられない辛さを、制度として何時までも残しておくのはどうかと思われたのではないでしょうか。
時代背景もあって、昭和天皇はおっしゃらなかったけれど、今上天皇は今の時代の方だし、皇太子さまはもっと現代的なお考えを持っておられると思います。亡くなるまで譲位できないという今の制度は遅かれ早かれ、皇室の側から異論が出てきたと思うのです。
生前譲位が可能になっても、平安時代みたいな5歳の天皇、在位数年での譲位、院政、そんなことは現代ではありえないと思います。
陛下がおっしゃっているのは、ご自身一代限りのことでなく、これからも天皇になった人間に辞める自由を与える、引き際を自ら決めていいということを制度として整えてほしいということのように感じられます。
今の政府のやり方は、皇室典範をいじりたくないから特別法で何とか乗り切ろうというその場限りの印象しか受けません。いくら象徴天皇だからとはいえ、ご自分の意志で何もできないというのは、それこそ如何なものでしょうか。戦後人間宣言をされたのだから、人間として意志を通すことは間違っていないと思います。勇気をもって皇室典範を改正すべきだと思います。
日本に皇室がある以上、時間がかかっても手間がかかっても、真剣に議論して譲位にしても女帝にしても、国民が納得する答えを出すべきです。

海外に赴任しているある友人は、現地の日本人にとって一番のセレモニーは天皇誕生日だと言います。国にもよりましょうが、その日は仕事を休み正装して人を招き、アメリカで言うところの独立記念日に匹敵するようなパーテイをやるそうです。家には両陛下の写真が飾ってあって、日本国内にいるよりずっと皇室を意識して暮らしていると言いますから、外から見ると日本は紛れもない天皇制の国。皇室はとても重要な存在のようです。 
田谷英浩(2017.2.16)

天皇の退位

古い本を読み返していたら、こんな記述に出くわした。昭和天皇ご在世中に耳にしたうわさ話であるが、と断ったうえで、
『学習院の同窓会に出席された明仁皇太子(当時)がいまや一流企業で社長や重役になっているクラスメートの前で、実に洒落たスピーチをなさった。【みなさんが、うらやましい。わたくしは、まだ就職もしていません】と』。
いまならさしずめこうおっしゃるかもしれない。【みなさんが、うらやましい。わたくしは、まだ辞められません。】

昨年8月、生前退位の願いを強くにじませた「お気持ち」の表明いらい象徴天皇のありようが広く議論され始めた。
国民一般はあまり深く考えることもなく、被災地を訪れ被災者を激励する姿、戦争の傷跡の残る激戦地に慰霊の旅を続ける姿を見て、有難いお務めをして頂いていると受け取る反面、ご高齢でお気の毒、そろそろ引退されて皇太子に譲ったらいいのにと素朴に考えているのも事実である。
しかしどうやら「生前退位」はそんな情緒的な判断を許さない憲法の世界に踏み込む厄介な問題のようである。

報道されているごとく、「天皇の公務の負担軽減に関する有識者会議」は、今の天皇陛下に限って生前退位を可能とする特別措置法の検討に入っているようであるが、これを憲法違反で邪道とする強い反対論もある。
憲法第2条は「皇位は世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」とある。
つまり天皇の退位は皇室典範の改正によってのみ可能なのであって、特例法その他の法律による対応は明白な憲法違反であるとする説である。
最終的にどんな結論が導き出されるかは知る由もないが、いまや一代限りの特例法を主張する政府・自民党と皇室典範の改正以外にないとする民進党との対立点、隔たりは大きい。
皇族の減少、高齢化の中で、数年前には女性宮家の創設や女系天皇についても検討されていたように思うが、82歳の天皇が自ら指摘するまで、政治が何も対応してこなかったとすれば、これは政治の不作為と言えるのではないか。     (2017.2.12)

シンポジウム「吉田調書」を超えて

むつかしいことをやさしく書くのは難しい。書く方の力量が試される。今回がまさにそれである。
新年早々、岩波書店『世界』編集部の主催する福島原発事故―何が究明され、何が究明されていないのか―のシンポジウムに参加した。
講師は原子力の専門家田邊文也氏、科学ジャーナリスト田中三彦氏、弁護士の海渡雄一氏。海渡氏は脱原発の弁護士として全国各地を飛び回っているが、福島瑞穂さんの旦那としても有名(夫婦別姓を実行するため婚姻届けを出していない)である。

まず「吉田調書」
聞いたことあるが、何だっけ?のレベルになっているかもしれない。それまで極秘扱いされてきた事故当時のF1所長吉田昌郎氏への聞き取り調査の内容を朝日新聞がスクープしたもので、のちに一部誤報があるとして取り消された。
しかし事故当時の混乱と危機的状況を生々しく伝えた勇気ある調査報道であり、その後の各種の検証で今では正しいものと信じられている。
海渡弁護士は「事故の真相は分からないことが山積している。朝日の取り消しが真実に近づく道をつぶしてしまった。なぜ取り消したかは今もって分からない。しかし事故を調べれば調べるほど、この記事は正しいと確信している」「朝日はこんな重要な報道をなぜ全部取り消したのか。記事の取り消しそのものを取り消せ。」と力説する。

「事故の真相」とは何か。
現在、東電元幹部を被告人に刑事裁判が行われている。筋論から言えば、ここで事故の真実が明らかにされ、正当な裁きが下されることになるのだが、果たしてそうなるか。
ただ政府事故調や東電株主代表訴訟などにおける証拠提出によって、津波対策に関する新しい証拠がつぎつぎ明らかになりつつある。重要な点を幾つか挙げる。

●2002年7月 三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価が公表された。津波マグニチュード8.2前後の津波地震の発生する可能性あり。
●2006年3月 金沢地裁志賀原発二号炉運転差し止め。
●2007年7月 中越沖地震で柏崎刈羽原発3,000か所に故障発生。
●2008年3月 明治三陸沖地震の津波波源モデルを福島沖海溝沿いに設定した場合、津波水位の最大値15.7mの試算。
●2008年9月 東電内部に「福島第一原子力発電所津波評価の概要」の資料あり。ただし同日の議事概要には「津波に対する検討状況は機微情報のため資料は回収、議事メモには記載しない」とあり、この文書は会議終了後回収された。
東電は対策をとらねばならない状況にありながら全社を挙げて必死に隠蔽していた。
●2011年3月7日 東電は15.7mという数値を含むシミュレーション結果を国に報告。
●その4日後 大地震発生 津波浸水高11.5~15.5m

〇東電は「事故は想定外の津波」を原因とするものであり、法的責任はないとの主張を繰り返したが、これは真っ赤なウソである。東電は運転停止を恐れ、老朽化した原子炉対策のために多額の費用の掛かる工事を決断できなかった。
〇被告人らは不可避の対策を遅らせることを目的にした。東電元幹部の刑事責任はもはや明白である。
〇この過程で、政府事故調、保安委の報告書にも重大な証拠を隠し、真実の隠蔽に手を貸したと言わざるをえないことが多く、東電を庇い続けた事は明白である。

この日、お茶の水の明大駿河台キャンパス会場の定員は150名。立錐の余地なしとはこのことを言うのかと驚くほどの超満員。参加者は一見して活動家というより、真実を知ろうとするかなり知的水準の高い人たちとお見受けした。シンポジウムは更に続く。

昨年の科学ジャーナリスト賞を受賞した田邊文也氏の指摘も鋭い。「事故対応にはレベルに応じて、事象、徴候、シビアアクシデントの三種の手順書がある。それがあるにも係わらず使われなかった。適切に使われていればこの事故は防げた。
蔑ろにされた事故対応手順書の扱いが問題である。事故は偶然が重なり、あのレベルで済んだ。幸運というべきである。
「万が一」にも「稀ではあるが」発生する場合のために、手順書、マニュアルに従った日常の訓練が必要にも係わらず、起きるはずがないと無視してきた。緊急時の東電の対応力に問題があった。
吉田所長はメンテ部門の人で、運転のプロではなかった。吉田氏には覚悟はあったが、能力は無かったと言わざるを得ない。
ただし能力はあっても、覚悟の無い人であったらどうなっていたであろうか。」

「われわれは今後どうすべきか」
マスコミは連日トランプの功罪を大見出しで論じ、フクシマは蚊帳の外である。しかし故郷に帰りたくても帰れない人は未だに10万人近くいるわけだし、常磐線だって全通していない。福島原発事故は決して終わっていない。
我々は例年、3・11周辺に「漂流するフクシマ ふるさとは今」と題した写真展や映画の上映会を行っている。先日の幹事グループの話し合いでは、今年は脱原発論者に転じた小泉純一郎氏か当事者の菅直人氏を呼ぼうかとの意見も出た。実現は難しそうにも思えるがトライするのも悪くあるまい。
田谷英浩(2017.1.26)