沖縄は日本なのか

世界平和アピール七人委員会が主催するこの刺激的な演題の講演会を法政大学市ヶ谷キャンパスで聴く(11月19日)。
米軍普天間飛行場の辺野古への移転工事現場で機動隊員により発せられた「土人」、「シナ人」発言と、それを擁護、追認するかのごとき大臣発言が報じられた折でもあり参加者は熱心に聞き入る。
まず法大総長田中優子氏が登壇し、この講演会を法大キャンパスで開催してくれたお礼を述べられる。最近政権の意向を忖度して、この種、講演会の会場提供に消極的な大学や公会堂などがあると聞くが、田中総長は法大の矜持を示したというべきである。

田中優子氏(法大総長) 翁長知事も菅官房長官も法政で学んだ。
小沼通二氏(物理学者 七人委員会事務局長) 国際紛争は武力によらず、平和的な話し合いで解決すべきと考える。これまでに121本のアピールを行った。

大石芳野氏(ドキュメンタリー写真家) 「辺野古が唯一の解決策」という政府主張を裁判所が認めた。日本に三権分立はない。沖縄県民は日米同盟の犠牲になって当然と言わんばかりだ。

武者小路公秀氏(国際政治学者) 私たちは沖縄に何をしたか。植民地化した→捨て石にした→見殺しにした。ウチナンチュウは守ってくれるはずの日本軍から食料を奪われ、壕から追い出され、集団自決を迫られたことを忘れない。ヤマトは沖縄県民に謝罪し和解する必要がある。

高村薫氏(作家) 日米安保条約は日本が米軍に基地を提供し、その自由使用を認めた条約で防衛条約ではない。沖縄で日本軍は何をしたか。沖縄人は穏やかな海洋民族であるが、潜在的な感情として、憎い日本、憎い関東軍を忘れない。リゾート地沖縄と沖縄戦が結びつかない世代になりつつある。

杉田敦氏(政治学者) 基地が増えたのは返還後であり、新たな施設を更に増やそうとしている。本土の新聞の沖縄はベタ記事扱いで関心が低い。なぜ関心が低いのか。本土の利己主義、地方蔑視、上から目線の差別構造がある。日米安保は国の問題であるのに本土対沖縄の今や地域の問題になっている。日本は果たして独立国家と言えるのか。空域、電波など未だに米軍に占領されたままである。日本は米国の保護国、植民地と考えている世界の人もいる。

「土人」発言も許せないが、もっと許せないのは百田尚樹の「沖縄の二つの新聞社はつぶさなあかん」発言であり、安倍応援団の「広告出稿停止」をチラつかせてメデイアを統制するかのごとき発言である。日本はとうとうここまで来てしまった。我々一人ひとりの無関心が安倍政権に好き放題やらせるエネルギーになっているのだ。

『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』(安田浩一著)を読む。ジャーナリスト安田が沖縄の二大紙、琉球新報と沖縄タイムスの現役とOB記者約20名から取材した好著である。
年齢も経歴もさまざまな記者たちは、戦争と差別、基地問題に翻弄されてきた沖縄を新聞の役目として冷静に語る。決して偏向報道などでないことが明らかになる。今日の沖縄問題を知る必読の書と言える。
田谷英浩(2016.12.6)

震災復興とBRT

前夜、釜石の呑兵衛横丁の居酒屋助六を訪ねた。プレハブの仮設店舗は4年前と変わらない。変わったのは女将の表情が明るくなったことと、客足が鈍くなったことか。
あの時は大震災から一年、全国から駆けつけたボランテイアと復興の工事関係者で何処も満員だった。四年経ったいま、市内には新しい店がつぎつぎ開業を始め、客にとっては選択肢が増えて喜ばしいのだが、女将たちは精神的な安定とゆとりは取り戻したものの、別の面で新たな不安を抱えることになりそうだ。
三陸の魚は相変わらずうまい。新鮮この上ないイカの刺身と好物のホヤに舌鼓を打つ。次々出される名の知らない魚も釜石の地酒“浜千鳥”と相性がよく箸は止まらない。間もなく5年の無償期間が終わって来春には市内に店を移すという。再訪を約して寒空の市内に戻る。
今回の旅の目的は鉄路による復旧を諦めた大船渡線、気仙沼線をBRT(Bus Rapid Transit バス高速輸送システム)で辿ること、三陸鉄道とBRTの車窓から復興状況を見ることにある。

 三陸鉄道南リアス線36.6㎞
11月16日 釜石発9:17 206D。JNR時代に盛-吉浜間21.6㎞は乗っているので、未乗区間は三セクになって建設された釜石-吉浜間15㎞。高架線とトンネルだらけのこの線も、津波による路盤流失で運転を再開したのは3年前。
特筆すべきは三鉄の運転士。この人だけなのか、乗務員全員がこう教育されているのかは知らないが、停車するたびに客室に入り、付近の観光案内を行う。しかし自分以外の客は明らかに地元民と分かるので、いわばマンツーマンの観光案内になる。あまりの熱心さに、知っているよとは言いだしにくく、フムフムと頷かざるを得ない。吉浜湾を見渡す景色のいいところなどでは、徐行運転しながら、紺碧の海を見よと放送する。かつて高千穂線の日本一高い鉄橋として有名な高千穂橋梁の上で列車を止めた運転士もいたが、この人はそれ以来。いくら乗客が少ないといっても、これでダイヤ通り走れるのかと些か心配になる。
かつての「小石浜」が「恋し浜」になっていたが、駅名変更の効果は抜群で、ホーム上の小さな待合室は復興を祈るホタテ貝の絵馬掛け小屋になっている。その数、数千枚か数万枚、所狭しにぶら下がるサマは壮観!
運転士はゆっくり写真を撮れ、待っているという。挙句他の乗客を促してこちらとのツーショットを撮らせる。ホーム上には「幸せの鐘」などという俗っぽい代物も据えられているが、眼下に広がる三陸の海を眺めると、5年前の惨状が思い出されて厳粛な気分にさせられる。

さて三陸沿岸の鉄路の復旧は紆余曲折を経て、宮古-釜石間55.4㎞→三セク三陸鉄道、盛-気仙沼-柳津間99㎞→BRTになった。「鉄路」に郷愁を持つ高齢地元民は多いが、沿線人口の減少を考える時、嵩上げした土地に鉄路を敷直す経済合理性は無さそうだ。

 大船渡線(BRT)盛-気仙沼 43.7㎞
盛から約10㎞、線路敷を専用道化したBRTは渋滞や信号待ちもなく快走を続ける。しかしそこから先は、今次震災で最も苛酷な姿を晒した陸前高田市。流失した市の中心付近では、日本中の重機類が全部集まったかのような凄まじい土木工事が展開されている。土ぼこりを巻き上げて走り回るダンプカー、ショベルカーの群れの中で、BRTの赤いバスはとても小さな存在。
新設された仮設の役所や病院、学校、住宅の位置を求めてバスは荒野をさまよう。鉄道時代には無かった高田病院前、高田高校前、奇跡の一本松などというバスストップが設置されている。
あれから5年経ってこの有様。10年後にはどんな街が出来上がっているのだろうか。そしてそこに市民は定着するのだろうか。
高所に忽然と蜃気楼のように姿を現すのであろう陸前高田市を想像するのは難しい。

気仙沼線(BRT)気仙沼-前谷地72・8㎞
駅前からタクシーで気仙沼港に向かう。四年前、町なかに打ち上げられ放置された大型漁船を見たが、今はその姿はない。しかし復興屋台村はそのままだったし、解体を待つ無人の家々も無残な姿を晒したまま残っている。復興は緒についたばかりである。
しかも気仙沼は大都会、新しい町づくりを始めるためには既に市内に張り巡らされている上下水道など、まずインフラの撤去から始めねばならない。タクシーの運転手は、これから10年はかかるねと憮然とした表情。
海鮮丼の昼食後、14:05のBRTで前谷地に向かう。この区間の一般道は四年前に走ったが、取り残された鉄筋の建物や、湾内に破壊されたままの防潮堤、仮設住宅の店先で廻り続ける理髪店のサインに見覚えがある。
歌津を過ぎ志津川に入ると、そこは南三陸町。山を削り防潮堤を張り巡らせ、高台に町を建設中。そのサマは陸前高田市のミニ版。BRTは高台の仮設住宅を目指して急坂を上る。そこには広大な住民用の駐車場と一大商業施設。これからもここで生活することを余儀なくされた大勢の人々がいるのだ。海とも山ともつかぬ、埃っぽい高所の町で生活することのご苦労に胸が痛む。

去年、住民参加型の復興モデルと言われる女川町を見た。山を切り崩し、低地を嵩上げし、高台に宅地を整備する…ゼネコンと周辺業者を儲けさせるだけの事業のように思え、これが漁業を中心とする三陸の復興計画として正しいのかと違和感を強く覚えた。今回訪ねた陸前高田市にも南三陸町にも同じ思いを抱く。

ところで最後にBRT、外観は赤い洒落たデザインで快適さを感じさせるのだが、内部は路線バスと大差なく、気仙沼-前谷地間150分はちょっと辛い。もっとも乘り通した客は他にいなかったが。
田谷英浩(2016.12.1)

※釜石飲食店街再建へ、12月末にプレオープン「憩いの場、愛される店舗に」大町で地鎮祭

JR釜石線のオメガΩループ[東北取材旅行1]

岩手県の花巻と釜石を結ぶ釜石線90.2㎞が全通したのは1950年。それまでは北上山地の中央に聳える仙人峠(標高887m)に阻まれて、釜石西線(前身岩手軽便鉄道)と東線(同釜石鉱山鉄道)に分断されていた。両側を直結する構想は当初からあったが、技術面、財政面や戦争による中断などあって日の目を見なかった。

花巻から東へ線路を延ばして辿り着いた仙人峠の麓は標高560m、一方釜石から西へ延ばした陸中大橋駅の標高は254m。直線距離にして僅か4㎞強までに迫ったのだが、この間を貫通するには、4㎞進んで300m上るまたは下る、鉄道用語で1000分の75というかつての碓氷峠を凌ぐ急勾配が待っていた。そこで考え出されたのが大迂回ルート、つまりオメガループというわけである。

遠野を出発して釜石へ向かう列車は、5つ目の駅・上有住(かみありす)を出ると右へ右へと車体をよじるように下り始める。オメガループの入り口である。列車は短いトンネルを幾つか抜けた後、右下に陸中大橋の駅ホームをチラッと見せて長いトンネルに突入する。列車は相変わらず車輪をきしませながら、今来た道を引き返すがごとき走り方で、なおも右へ右へとループを下る。
そして数分後、列車はトンネルを抜けて、ついさっき右の車窓から見たばかりの陸中大橋の駅に到着する。自分の乗った列車が、上空から眺めていた滑走路に着陸したかのような不思議な感覚を味わう。で、これを体感したいがために久しぶりに釜石線にやって来た。
鉄道が急勾配を克服する方法には、急斜面をジグザグに往復するスイッチバック式とループ線がある。ことのついでに今もJR線に残るループ線・区間を挙げておく。

松川ループ 上越線 越後中里→土樽間
湯檜曽ループ 上越線 土合→湯檜曽間
鳩原ループ 北陸本線 敦賀→新疋田間
大畑ループ 肥薩線 人吉→大畑→矢岳間
川奥ループ 三セク土佐くろしお鉄道 若井→荷稲間
田谷英浩  (2016.11.28)

武蔵野プレイス

エッセイスト池内紀の『ニッポン周遊記』は「はじめての町に来て、その町を見わける方法の一つに図書館がある。図書館があるかどうか。必ずあるはずだが、それはどんな図書館なのか」で始まる。つまり市や町の優劣を計る尺度の一つに図書館の存在があるということだ。
となると我が朝霞市はどうであろうか。市制20周年を記念する1987年に開館した現図書館は斬新な図書館として、開館時、全国から視察に訪れる人は引きも切らなかったそうである。
それから30年、人口の増加と人口構造の変化は急激で、いまや書庫の不足、閲覧スペースの狭隘さ、インターネット環境対応、電子書籍対策など課題が目立ち始めた。

さて、この10年くらい「朝霞市図書館友の会」という市民グループに所属している。そこでは月一回の会合で、「もっと図書館をよくするにはどうしたらいいか」を論じ、市民目線で利用者の要望を聞いたり、他市の先進的な図書館を見学したりしている。図書館側に目先の改善提案や、長期の対策を提言しているのは無論である。メンバーの皆さんは本好きな人ばかりで、ベストセラーを論じ、文学賞にケチをつけ時間を忘れることもしばしばである。

タイトルの『武蔵野プレイス』は武蔵野市に5年前誕生した複合公共施設の名称で、今後の図書館像を示すものとして注目を集めている。ここでは図書館機能、生涯学習支援、青少年活動支援、市民活動支援の四つの機能が地上4階地下3階に有機的に配置されている。
「図書館機能を核に、人と情報が行き交いつながる知的創造の場」というコンセプトは掛け値なしに市民に受け入れられているようだ。時としてスローガン倒れの施設も見受けるが、見学したこの日は平日の午前中にも関わらず、老壮青幼がバランスよく利用しているように見受けた。土日の来館者は数千人と言うから驚きだ。2、30年後、朝霞の公共施設は等しく建て替え時期を迎える。「武蔵野プレイス」は図書館にとどまらず今後の町づくりの参考になる。関係者は等しく見学すべし。 
田谷英浩(2016.11.8)

第三セクター鉄道の消長

地方公共団体と民間事業者との共同出資で設立された三セク鉄道は63社ある。内訳は旧国鉄転換型31社、新幹線開業後の路線転換型12社、大都市圏に新たに開業した都市型20社である。
2015年度の営業成績を見ると、当然のように上位10社には都市型三セクが名を連ねている。1位:つくばエクスプレス 2位:東京臨海高速(りんかい線)、以下北総鉄道、東葉高速、横浜高速と続く。

問題は旧国鉄転換型である。もともと沿線人口の減少による輸送人員減で慢性的に赤字体質だった路線を、社会インフラの維持を目的に継承したものである。財務が脆弱な自治体では何時までも維持できるはずはない。この10年で4社がすでに廃業している。
公共性の高い三セク鉄道を収益性だけで判断することに問題はないか。少子化、過疎化の流れが今後とどまるとは考えにくく、「鉄道」をどうするかは自治体を超えて日本の問題である。

一例として北越急行を挙げる。北越急行(六日町-犀潟59.5㎞)は首都圏から富山、金沢方面への速達を目的に1997年開業した新線である。高規格の高架線を在来線最高の160㎞運転を可能ならしめた施設と車両が整っていた。
それが北陸新幹線の開業と共に見捨てられたような地方のローカル線に転落した。沿線には十日町市以外に大きな町はない。もともと北越急行は地元民のためというより、通過客のために建設された鉄道である。かつては智頭急行(智頭—上郡56.1㎞)と並び三セクの優等生と評されていた。
それがあんまりではないか。数年後、この鉄道が過去の積立金を食いつぶせば、早晩赤字になるのは必至である。開業から僅か20年くらいで廃業寸前に追いやるような交通政策には疑問を感じざるを得ない。
田谷英浩(2016.11.8)

旧日光街道草加宿散歩

「じゅん散歩」というTV番組がある。タレント高田純次が都内や近郊の横丁や路地、老舗の店に入り込み、庶民の生活を訪ね歩く15分番組。彼の軽妙な口調と腰の軽さがウリで、朝の10時前後、家事を片付けた主婦層やとりわけ最近のシニアに人気があるらしい。軽さと行動力なら負けないと自負もあるが、単独行ではいかにも寂しい。しかし家人はそれを見せつけられるのが嫌で中々同行に応じない。

ところへ、「足尾銅山を描くことをライフワークとする」鈴木喜美子という画家が、草加の自宅を建て直して個人美術館をオープンしたというニュースが飛び込んできた。足尾には家人も些か関心がある。先年、観光目的で訪ねたが、いまや廃墟と化した精錬所跡の痛ましい光景に強いショックを受けていたし、渡良瀬川の鉱毒問題にも関心を持つようになっていた。

東武伊勢崎線の草加駅から旧日光街道を北へ5分、オープンしたての真新しい小さな美術館「ミュゼ環」を訪ねる。絵画の世界には疎く、これを何号というのだろうか?タタミ一畳はありそうな『雪の足尾線』、『足尾の今 残された煙突』などが無表情にギャラリーを迎える。
鈴木さんは1943年生まれの73歳。画家として一本立ちして約40年、一貫して足尾銅山を描き続けているそうだ。彼女の所属する新制作協会という団体の位置や見る者を威圧する巨大な絵の価値も皆目分からないが、つい先日“日本の光と翳”を現地で学んできた者には非常に感銘深い。
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老舗の「源兵衛せんべい」で求めた醤油味の「草加煎餅」を齧りながら、芭蕉が奥の細道へと旅立った杉並木の草加松原を歩く。
芭蕉の門弟曽良というわけには行かないが、家人帯同20,000歩の二人旅。
田谷英浩(2016.11.8)

蜷川幸雄のゴールド・シアター2016(5)

B5 版80頁の台本が送られてきた。場面表と登場表も同封されている。連絡事項には「台本は必ず最初から最後まで目を通し、全体の流れとご自分の出るシーンを確認してください」とある。
しかもこれまでは稽古日を選べたのに、「これから本番までの全体稽古5回の欠席は原則不可」。どうしても欠席日のある人は欠席届を提出せよと用紙まで封入されている。
もうジタバタできなくなった。公演までひと月に迫り、新聞・テレビにも大きく取り上げられ、前売り券の販売も予想を超えて好調のようだ。老人男子400人、女子1,100人を集めた群集劇がいよいよ幕を開けようとしている。

指示に従って台本の読み込みを始める。ここで漸く疑問が解け始めた。これまで稽古していて、“なんでこんな事をするの?”“ロミジュリとこれはどんな関係があるの?”と疑問に思うことが沢山あった。そのため何となく醒めた気分で参加していたのが事実である。釈然としないまま、ボレロが流れる中、うなだれながら歩かされ、ドレミの歌も合唱した。ところが今やその一つ一つがパズルのように劇に嵌め込まれてゆくのが分かってきた。
“なぜ高齢者施設が出てくるのか”“老カップルのダンスに意味があるのか”“「こまどり姉妹」がなぜロミジュリに登場するのか”今までは疑問だらけだったのだ。

会社人間の悲しい性。全体の中の自分の役割と位置づけを最初に理解できないと意欲も湧かない、という性向がそうさせていたのだ。分かってくると、バカバカしい、くだらないと思えていたことがそれぞれ意味を持つのだと気づく。反省!

映画はシーンを分割して撮影し、編集で完成させる。ストーリーの展開通りに順撮りすることは稀である。芝居の役者も稽古の順番はバラバラなのだろう。「通し稽古」という言葉もあるくらいだから。ロミオとジュリエットを下敷きにした演劇、映画は古今東西数えきれない。その最たる現代版はニューヨークのど真ん中で展開するミュージカル『ウエスト・サイド物語』であるが、間もなく老人版ロミオとジュリエットが上演される。
田谷英浩(2016.11.8)

嫌な感じ

今年のカレンダーも残り2枚になった。年々歳々、月日の経つスピードに驚くが、今年の速さはまた格別である。年齢を時速に置き換えると時の経つ速度を体感できる、という説を信ずるならば、今は毎日時速78㎞で走っているのだから、これは一般道ではなく、まさに高速道路を疾走しているに等しい。
そんな感覚で今年の10か月を振り返ると、年末の重大ニュースにランクされそうな事件や事故もあっという間に記憶の彼方に過ぎ去り、今やトランプ対ヒラリーの中傷合戦と小池百合子の動静にのみ関心が集まるという異常事態である。
これではいけない!マスコミを骨抜きにし、マインドコントロールで国民に難しいことを考えさせない現政権の思うつぼではないか!なんとなくイヤーな感じの昨今である。

白紙の領収書 富山市議会における政務活動費の不正取得問題は次元が低すぎて笑うしかなかったが、国会議員や大臣レベルにおいても一部慣例化しているとなると事態は深刻である。
支払った側が金額を記入したものを領収書と呼べるなら、正常な社会常識は覆る。法律上の問題は無いとする主張にも唖然とする。

豊洲市場の地下空間 「盛り土(もりつち)」を「もりど」と発音することからして気に入らなかったが、事態は歴代の都幹部の責任問題にまで発展した。「いつ 誰が」あるはずの盛り土を、なしの空間に替えたのか。自惚れと自信過剰の石原慎太郎が突然“記憶にない”を連発するぼけ老人を演じ始めたのは滑稽で見苦しい。人間、ああはなりたくない。

もんじゅと核燃料サイクル 数年前まで、新大阪-天橋立間に「文殊」という名の特急列車が走っていた。列車名は天橋立にある文殊堂とそこに安置されている本尊「文殊菩薩」に由来している。

ところで国費1兆円超を費やした上に廃炉やむなしとされる高速増殖原型炉に「もんじゅ」という有難い名を付けたのは誰か?
福井県の曹洞宗永平寺が命名に関わったとする説もあるようだが事実は分からない。
凡人の理解を超えるが、「夢の原子炉」ともてはやされ、人類の幸福に必ず役立つと信じた動燃幹部が仏教界に相談して名付けたというあたりが正解かもしれない。
いま「もんじゅ」は廃炉の瀬戸際にある。しかし政府は「廃炉を含めて見直す」ための高速炉開発会議を設けるという。こんな物騒なものをいつまで維持しようとするのか。

11・3文化の日を明治の日に? 右寄り安倍政権の体質を露骨に現す動きが表面化している。明治天皇の誕生日「明治節」だった11月3日を「文化の日」から「明治の日」に変えようとする動きである。これを推進する協議会のメンバーに桜井よしこの名が見えるのもイヤーな感じである。
「文化の日」は1946年11月3日の憲法公布を受けて制定された。当時の国会審議では、この日は戦争放棄を宣言した重大な日であるから、「自由と平和を愛し文化を進める日に決めた」と説明されている。
ところが日本の近現代史もロクに知らないような今の議員連中が「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった(稲田明美)」などと妙なことを言い始めた。

黒田日銀 目標断念 難しいことはよく分からないが、黒田総裁は物価上昇率2年で2% と威勢よく宣言して就任したものの、どうやら達成不能と白旗をあげたらしい。
総裁は物価の上がらない原因をあれこれ言っているようだが、気に入らないのは目標達成できないことと、自分の任期に特別な関係はないと発言していることである。三年半前、異次元緩和と称し、ケタ外れの金融緩和に踏み切り当初から副作用の大きさも予想されていた。アベノミクスの重要部分を担っておきながら、責任はおろか反省もないのははなはだ面白くない。上がこうでは下は乱れる。

大隅博士の鳴らす警鐘 朝日歌壇にこんなのがあった。『日本国は基礎研究にカネ出さず「受賞」は国の手柄のように』ノーベル医学生理学賞を受賞した大隅良典さんのコメントが心に響く。
・日本の大学の基礎体力が低下しているのは深刻な問題で、研究費の多くが競争的資金になると、長期的な研究が困難になる。
・今後新しい研究分野で日本人がノーベル賞を受賞するのは非常に難しくなっている。
『誰もやらない研究がおもしろい とノーベル賞の大隅博士』

さて今年もあと2か月、米国の大統領選挙、英国のEU離脱、北朝鮮の暴発、世界的な気候変動、心配の種は尽きない。
田谷英浩(2016.11.1)

復活陸京会

仲間内の会合にいろんな名前をつけてきたが、これもそのひとつ。しかもこの会には会則まである。

【目的】本会は会員がゴルフを通じて、一層強固な人間関係を形成すると共に、社会人として恥ずかしくないスコアとマナーの実現を目指すことを目的とする。
【資格】本会の会員は過去および現在、北陸ならびに首都圏に在住し、地域経済の発展とゴルフの振興に尽力する者で、人品骨柄卑しからぬ紳士を条件とする。
【退会】会員の死亡以外は退会を認めない。

要は能登出身の自分、富山を拠点とする地場商社の幹部、我が社の北陸支店長経験者によるゴルフ会を定例化しようとしたものである。
サラリーマンは転勤と同時に勤務した地域とのパイプが細くなるのが常だが、短い期間とはいえ気にいった者同士、定年後も長く付き合おうという意図もあった。
だがしかし、その後の日本経済の様変わり、企業環境の変化もあって、10年間続いた「陸京会ゴルフ」も2007年10月を最後に休眠していた。
とは言え、この間も会員諸氏のそれぞれの会社における業績は寡聞にして知らなかったが、ゴルフの研鑽には努めていたようで、富山にはシニアのシングルプレーヤーが誕生していたし、東京組の豪打はつとに聞こえていた。
もっとも自分もB組とはいえ所属クラブのシニア選手権で優勝していたし、全国都道府県制覇というおまけまで達成していた。

こうして幾星霜、全員がようやく自由の身になり、誰言い出すともなく、あれを復活しようという気運が盛り上がってきた。
10月17日、白樺湖畔の宿、ホープロッジに集結し久闊を叙す。
第一日目は望月カントリークラブ。
終了後、長野・豊野に移動し、千曲川沿いに構えた会員の真新しいセカンドハウスで男だけの祝宴を張る。

第二日目は長野国際カントリークラブ。
二日間のゴルフで言えることは、三人の腕には更に一段と磨きがかかっており、それに引き換えこちらは戦力外通告か引退を勧告されるに相応しいデキだったということである。
残念極まりないが、年齢差がある上に、もともとこちらは人文系、あちらは体育会系と割り切ることにする。
愚痴はともかく、長野国際CCは353コース目に当たり初めてプレーするコース。飯綱、戸隠、黒姫、妙高、斑尾の信濃の山々に囲まれた風光明媚な林間コースで、久しぶりに雄大な大自然を満喫しながらプレーした。周囲を見渡す余裕だけはあった。

帰途、小布施一帯のアップルラインを走ったが、今が盛りの真っ赤な林檎の連なりは誠に見事で、どこの農家でも買うというより呉れると言う雰囲気。かくして復活陸京会は好天にも恵まれ賑やかに終了した。
田谷英浩 (2016.10.24)

がんの基礎知識 ~発生、転移、診断、新しい治療法について~

これは「頼れる大人の会」10月定例講演会のタイトルである。
神奈川県立がんセンター臨床研究所特任研究員にして横浜市立大名誉教授の宮崎香氏に講演をお願いした。しかしがんに関する情報は毎日広げる新聞にも書店の店頭にも溢れ、果たしてどれほどの受講者がいるかと実は内心不安であった。
ところが心配は杞憂に終わった。このところの参加者減が嘘のように、会はじまって以来と思えるほどの盛況。しかも参加者の平均年齢は75歳くらい。日本人の平均寿命からすれば、等しくあと10~15年の命と思えるのだが、認知症とがんの罹患だけは避けたいと思うのは共通心理のようで、みなさん息を凝らして講演に聞き入った。

・がんは遺伝子の病気である。正常な個体において多くの細胞は活発に分裂するが、その役割を終えるとやがて死んでいく。つまり細胞の増殖と死のバランスが取れている。このような細胞の増殖を調節する遺伝子が変化し、その働きが異常になると無限増殖能をもつがん細胞が誕生し、私たちの体内で暴走する。

・このがんを作る遺伝子の変化、すなわち“がん遺伝子の活性化”はタバコ、食品、環境物質、ウイルスや細菌の感染など、多くの外的および内的要因により起こされる。また年齢が高くなるにつれて細胞内で遺伝子変異が蓄積し、がん遺伝子が活性化されやすくなる。

・これらの発がん因子をできるだけ避け、またがんにかかりにくい生活習慣を心がけることにより、がんになるリスクを低減できる。

・がんは長い年月をかけて発生し、悪性化し、ついにはいろいろな部位に転移するようになる。このようながんの悪性進展もまたいくつかのがん遺伝子が連続して活性化することによって起こる。

・がんの化学療法の進歩は術後の生存期間を大きく延長させたが、薬だけでがんを根治させるのは困難である。抗がん剤に対するがんの耐性化や、がん幹細胞の存在などのために、がんは再発する。

・がんを克服するためには、第一にがんの予防、第二に例えがんになっても早期発見により、がんが転移する前に完全に取り除くことが依然として重要である。

なぜ年を取ると、がんにかかり易くなるのであろうか。発病後3か月で死去した会員の横山雅子さんの身近な例を知っているだけに参加者は真剣そのもの。時として居眠りや私語が囁かれる例会であるが、今回ばかりは寂として声無し。
質疑応答では、放置療法を勧める近藤誠医師をどう考えるべきかの質問も出たが、宮崎先生は、それは「がんもどき」段階の話で、がんは必ず進行する、早期発見と転移以前の除去が肝心と説く。
参加者の中には宮崎先生独自の見解、予防法を期待した向きもあったようだが、どうやら特効薬は無いようで、最近報じられた世紀の新薬「オプジーボ」の未来に期待するしか無さそうである。
田谷英浩(2016.10.18)

日本近代化の光と翳

若干ものものしいタイトルであるが、今年2月シニアサークル「頼れる大人の会」で学習したテーマである。
その時は、近現代史研究家の高山憲行氏に来ていただいて、明治維新から先の大戦まで、日本が辿った近代化の軌跡を足尾銅山の鉱毒問題に重ね合わせ、その光と翳を学んだ。
光とは産銅量日本一を誇った古河鉱業の鉱山事業であり、翳とは日本の公害の原点とされる鉱毒事件の発生である。
足尾は首都圏からはさほど遠いところではないが、シニアが車を連ねて行くには躊躇するし、新幹線利用では高くつきすぎる。
で、浅草から東武特急と「わたらせ渓谷鉄道」に乗るという名案をひねり出し、10月7日「大人の社会科見学=足尾銅山」として催行した。

紅葉にはまだ早く、周辺には観光客も銅山見物客も見当たらない。
まずはトロッコ列車で坑道内に入り、江戸時代の手堀から始まる坑内作業を、機械化された昭和に至るまでを見学する。鋳銭座という展示館では寛永通宝などの製造工程を眺める。
約400年間にわたって掘られた足尾銅山の坑道総延長は1,200㎞を超えるそうで、足尾が日本一の鉱都と呼ばれる所以を知る。
しかし残念なのは立ち入れる範囲が非常に狭いことで、かつて体験した夕張炭鉱や常磐炭鉱は言うに及ばず、伊豆の土肥金山の坑内めぐりにも及ばない。
ただ最盛期には人口40,000人を超えたという足尾の町並みの再現や古河鉱業の創設者古河市兵衛の業績をつぶさに伝える「足尾歴史館」の展示品には目を見張った。日本の近代化に果たした足尾の役割と歴史:光と翳 正と負が過不足なく展示されていて、館長のユニークなガイダンスもあってこれは非常な見もの聞きものであった。
足尾の現在の人口は約3,000人、ピーク時の1/10以下であるが、周辺には精錬所跡を含め、見るべき産業遺産が豊富に点在している。2年前に完成した記録映画『鉱毒悲歌』の存在も知った。これはぜひ見たいと思うし、現地ももう一度訪れたい。
田谷英浩(2016.10.12)

ハドソン川の奇跡

7年前、当時ニュージャージーに住んでいた娘からこんなメールが届いた。「“昨日(1月15日)のハドソン川でのUSエアーの不時着のニュースには吃驚しました。アメリカのニュースをTVで見ても、言っていることは10%くらいしか分からないけど、パイロットが素晴らしかった! アメージング!! フェリーやらウォータータクシーの救助が早くて助かった”てな感じのことを言っていました。」
この寒さで川に入るなんて、考えただけでも凍りそうだけど全員無事で本当に良かったとも付け加えていた。どうやら不時着水したところは、マンハッタンとNJ州の間を流れるハドソン川でグラウンド・ゼロに近く、自由の女神像にもさして遠くないところだったらしい。
娘たちにしてみれば、見慣れた景色のところである上に一週間前、正月休みの日本からアメリカに戻る機中で『ハッピーフライト』という鳥がエンジンに飛び込んで成田に引き返す邦画を見たばかりだったそうで、本当にこんな事が起こるのかとゾッとしたらしい。

事故発生  2009年1月15日 15時30分頃
事故原因  バードストライクによる両エンジン停止
航空会社  USエアウエイズ1549便
機種  エアバスA320
乗客乗員  155人
出発地    NYラガーデイア空港
目的地    シャーロット経由シアトル・タコマ空港

さてこれが映画化された。

原題名 SULLY 2016年96分
監督 クリント・イーストウッド
主演 トム・ハンクス(サレンバーガー機長役)
アーロン・エッカート(スカイルズ副操縦士役)

離陸直後のバードストライクにより両エンジン停止、操縦不能に陥ったエアバスを160万人の住むマンハッタンに墜落させれば、間違いなく9・11テロの二の舞。軍隊経験豊富なベテランパイロットはハドソン川に着水させるという前代未聞の選択を瞬時に行った。ほかに方法はなかった。
管制塔はラガーデイア空港、テターボロ空港、ニューアーク空港への誘導を試みるが、航空機はすでに低高度で飛行しており、レーダーから消えた。(緊迫の遣り取り)
事故発生から約3分後、この緊急着水は奇跡的にも成功し、一人の死者を出すこともなく、救助に駆けつけた沿岸警備隊や通勤フェリー、観光船などの活動で30分後には全員が救出された。
冷静沈着なパイロットをはじめ、1549便のクルーは「ハドソン川の奇跡」として称賛され機長は英雄になった。

だがしかし…
事故調査委員会は意外にも彼の過失責任を問い始める。我々は結果を知っているので、安心して見ているが、英雄転じて容疑者扱いになった機長はどんなに腹立たしかったであろうか。
サレンバーガー機長そっくりに扮したトム・ハンクスの演技とドキュメンタリー風にまとめたクリント・イーストウッド演出の冴え。

引退したエアバス320をユニバーサル・スタジオの巨大な水槽に浮かべて撮ったそうで一見の価値あり。
田谷英浩(2016.9.28)

鱓の歯軋り

「ごまめの歯ぎしり」と読む。広辞苑には【力のない者がいたずらにいきりたつこと】とある。
リニア中央新幹線については、まさにこの通りで本稿でも不要論を、2010年3月を皮切りに2013年9月、2014年5月と三度書いた。もとより山梨実験線に乗っているし、500㎞/h運転も体感した。しかしそれとこれとは別である。リニアを日本の大動脈に導入しようとする合理性をどうしても理解できない。
リニアの目指すべきはBRICS諸国への輸出ではなかろうか。そのためには克服すべき多くの技術課題がまだあるはずで、現在の山梨実験線では短すぎる。航空機に近い構造のリニアが16両編成で、トンネル内で頻繁にすれ違うというような状態の実験を行えるのであろうか。
今からでも遅くない。気象条件で圧倒的に不利な北海道に実験線を建設し各種の実験を繰り返すべきではないか。
後述するが、もはやJR東海の単独事業は無理である。北海道経済の活性化とJR北海道救済のためにも、かつて国鉄が競合脱線のメカニズム解明のために、旧根室本線の狩勝峠で実験を繰り返したごとく、北海道の大地でデータを取り、世界に誇る技術を確立すべきである。

メデイアにも経済性、環境破壊、交通体系などの面から時として批判的な論調も現れたが、概して、日本の技術は世界一、夢のプロジェクトみたいなJR東海の発表を肯定的にそのまま報じたものが多い。
ところがここにきて有力な批判論者が現れた。環境経済学者の上岡直見氏。同氏の近著『鉄道は誰のものか』(緑風出版)を読むと、事業性、物理的な危険性、事故時の対応、そして東京一極集中を排す国づくりなどの面から、多面的にリニア中央新幹線を論じ、厳しく批判している。少し長くなるが、以下の指摘は技術面に疎い読者も納得するだろう。

曰く「リニア新幹線そのものに乗車している時間は、現行新幹線に比べて確かに短縮されるが、利用者はリニアの駅間を移動するだけでは目的を達せず、真の出発地から到着地まで、駅とのアクセス時間も加えた総所要時間で評価する必要がある。
例えば、神奈川県内からの利用の例として、神奈川県庁から大阪府庁まで用務で移動すると想定する。想定されるリニア神奈川県駅(JR横浜線橋本駅)からリニア大阪府駅(JR新大阪駅)までの駅間の所要時間は103分と想定されているものの、前後の在来線や地下鉄によるアプローチ時間を加えると、総所要時間は現新幹線利用で198分、リニア新幹線利用で196分となる。
これは1964年に東海道新幹線が開業した際の劇的な時間短縮効果とは全く異なる。」と指摘する。

しかも仮にこれが実現するとしても、30年後のことであり、民間会社JR東海は自主事業としながらも、早くも公費投入が不可避な様相を呈し始めている。安倍政権は経済対策の目玉にリニアを取り上げ、国債の発行で3兆円を調達し超低金利でJR東海に融資するらしい。
安倍政権に限らず、表紙を替えただけの民進党も、いま日本の喫緊の課題は、憲法問題、安全保障問題もさることながら、本格的な少子高齢化社会に向かう中で、子供の貧困、高齢者の低年金など社会保障問題にあるとの認識では一致している。ならば極端になりつつある格差社会、分断社会を放置したまま、リニアにのめり込むのは順序が違うと言わざるを得ない。

文字通り「鱓の歯軋り」であるが、上岡直見氏の指摘するリニア新幹線の負の側面のいくつかを紹介して、うっぷんを晴らすことにする。

技術的合理性がない
・リニアには現新幹線の成功体験は通用しない。
・リニアは過去の蓄積がなく、利用者を実験台にした試行錯誤にならざるを得ない。
・リニアの基本技術はすべてメーカーが握っているため、トラブルが起きた際の対処はメーカー任せとならざるを得ない。この体制は原子力と似通っている。
・リニア新幹線では過度な高速性を求めた結果、現東海道新幹線と比べて車体が小さい(断面積70%)にも係わらず、大きなトンネル(断面積120%)を必要とする無駄の多いシステムである。

事故時の対応に不安がある
・ルートのほとんどが大深度部と山岳部の長大トンネルである。短時間で運転再開ができない場合、利用者をどのように地上へ誘導するのか。
・脱出口に到達しても、水平距離2㎞、高低差300mの坑道を人力で登攀することになる。仮にトンネル外に脱出できても無人の山中である。救援のバスや緊急車両も容易にアクセスできないから、航空機が山中に墜落したような状態が発生する。

このほか本書は、最大の難所とされる25㎞の南アルプストンネルは“掘ってみないと分からない”とコメントしたJR東海の発言や、厖大な建設工事に伴って発生するCO2排出はリニアの環境に対する優位性を失うものと指弾する。
極めつけはコスト削減のため、中間駅には待合室もなく、売店も置かないという内部資料である。鉄道ファンとしては、こういうのを「鉄道」と呼びたくないし、日本の鉄道網の一部とも思いたくない。                
田谷英浩(2016.9.24)

シン・ゴジラ考

日頃、映画館に足を運んでいるとはとても思えない人たちからも『シン・ゴジラ』が聞こえてきた。当初は夏枯れ対策の子供用怪獣映画程度にしか考えていなかったのだが、その後のマスコミの騒ぎからは、どうやらこちらの考え違いだったらしい。
このひと月の朝日新聞だけでも、「ゴジラと保守 破壊と創造」、「シン・ゴジラ快進撃のワケ」、「日本の宿命へのアイロニー」、「20年変わらぬ日本を破壊」と評論家や名のある記者が署名入りで大きなスペースをとって論評している。映画記者が映画欄で提灯記事を書くのとは大分趣が異なる。

『後妻業の女』を見て、今後の人生にとても役に立ったわ!と怖いことを言っている家人を説き伏せて、都心の大スクリーンの劇場に出かける。感心したのは、ゴジラに名を借りた反原発、脱原発の政治映画であること。ゴジラのエネルギーが海洋投棄された原発の使用済み燃料であり、制御不能のゴジラを原発事故に見立て、物語の結末において「凍結」させるあたりは、フクシマ事故で頻繁に聞かされた冷温停止と言う言葉が蘇る。

多摩川から侵入したゴジラに破壊され尽くす蒲田や五反田辺りに土地勘のある家人は、あまりにリアルな画面にもう止めて!と目を背ける。
庵野秀明という映画監督を知らなかったが、なかなか気骨のある立派な作家だ。いざとなるとさっぱり役に立たない御用学者、右往左往する政治家と役人などは類型的だが、スーツ系男子が格好良かったとか、企業の組織論として見たとか、日米関係の厳しさがよくわかったとか、自衛隊の装備に驚いたとか、いろいろな見方を引き出した。久しぶりに現れた山本薩夫なみ、骨太の社会派政治サスペンス劇と言うと褒めすぎか。万人必見! 
田谷英浩(2016.9.20)

蜷川幸雄のゴールド・シアター2016(4)

いよいよ稽古が始まった。生前の蜷川幸雄さんが“65歳以上の出演者1万人大募集”をブチ上げてからかれこれ10か月。
その後、65歳以上が60歳になり、1万人が1,600人ほどになったが、出来上がってきたパンフレットには、上演作品名『金色交響曲 わたしのゆめ きみのゆめ based on Romeo & Juliet』、チケット発売日10月10日、前売料金3,300円(当日料金3,500円)とある。こんな素人芝居に金を払ってまで観に来る奇特な人がいるとは思えないが、出演者の家族を含めるとそれでも1万人くらいの観客は集まるかもしれない。

聞きつけた友人知人の中には義理もあってか、観に行くよと言ってくれる人もいるが、今のところ平にご容赦と断り続けている。他人に見られたくない。ただ惹句“前代未聞の大群集劇”と言うのは本物のようで、いい歳をした爺さんばあさん1600人が演出家ノゾエ征爾さんの指示のもと、舞台上を右に左に、前に後ろに一糸乱れず移動したり、ピタリと動きを止めたり、嬌声や罵声を臆することなく発するサマは見ものと言えるかもしれない。

9月9日、「動きを中心とした稽古」に参加する。
会場はさいたま芸術劇場大ホール。演劇、ミュージカル、オペラ専門の776席の客席はすでにして満員。主催の事務局からは、4回設定した稽古日の内、最低1回は参加することを義務付けられている。とすると1回の参加者は400人内外のはずだが、どうやら二度、三度と稽古に通う熱心な出演者が相当数いるらしい。(やれんなあ)

さて演出助手は客席に向かって、右半分は白着用、その後ろは黒、左側はその逆、真ん中の列は…と用意してきたシャツの着用を命じる。客席に巨大なオセロが誕生する。ついで6つに分けられた1グループ100人くらいの出演者が演出家の求めに応じて順次舞台に上がる。

「黒の人たちは舞台に座り込み、二人一組で将棋か囲碁をしている格好をしてください」、「白の人は老人ホームで寝ている人、介護している人に分かれてそれらしく動いて」、「男女数組のペアを作って、ホーム内をパトロールする雰囲気で歩いて」、「何人かで駅前でアジ演説をする人、聞く人になってください」。 さあはじめて!
何処の誰やも分からない人たちが、これだけの指示で動き出すのだから吃驚というより恐れ入る。よほど飲み込みがいいのか、芝居をやりたがっている人たちなのであろう。
舞台上はワイワイ、ガヤガヤと大喧騒。演出家は「もっと騒いで!ピタッと静かになって!」と意のままに制御する。「動きを見る稽古」とはこういう事なのか。オーケストラの指揮者と演出家は一度やったら止められない職業というが、確かにそうらしい。

さて自分の番になった。舞台に上がってその大きさに驚いた。国内最高レベルの広さというのは本物のようで、舞台の最前部から、一番後ろまで何十メートルあるだろうか。これを走れと言われたら、一往復で確実にダウンしそうだ。舞台から見る客席の何と小さなことか。
我々のグループに課せられた「動きの稽古」は男女がペアになってダンスを踊るというもの。もとより女性の参加者が多いので、女性同士のペアも誕生する。幸か不幸か側にいた大柄の女性とペアになったが、「左手を合わせて高く上にあげ、男性は女性の腰に手をまわし、左に一、二、三 右に一、二、三と動いて!」と指示が飛ぶ。ダンスの名手らしい相方は“ハイ、いち、にい、さん”とリードしてくれるのだが何となく照れくさい。
暗いところでのチーク・ダンスならヒケをとらないと自負してきたが…。この女性にリードされるまま、数十分の苦痛に耐える。「ペアをほどいて、男性は舞台の後ろにゆっくりと下がって!
女性はサーッと舞台上手に集まって!」つぎつぎ指示が飛ぶ。
ウチにいるなら孫の相手か昼寝の時間帯なのに、元気な老人たちは喜々として舞台上を飛び廻わる。(やれんなあ)

9月15日、「セリフの稽古」。
7月の稽古で台本を一行読んだが、その中から特に印象に残った方やもう一度セリフを聞かせてもらい方をお呼びしたとある。
その時は『俺の名を呼ぶのは俺の魂、夜に聞く恋人の声は銀の鈴のように甘い』とこれだけ。こんな事で何が分かるかと思うのだが、一応何かの基準でパスしたらしい。パスしないよりはましなので、素直に「セリフ」の稽古に参加する。
会場はさいたま芸術劇場小ホール。すり鉢状の客席300くらいのオープンステージ。そこに集められたのは約80人。スタッフに聞くと、セリフの稽古は6回というから、400、500人の人たちがオーデイションに参加することになったらしい。多分今回の結果を踏まえて、セリフの割り振りが決まるのだろう。

ロミオ役の男どもは舞台上に、ジュリエット役の女たちは観客席に。それぞれ40人くらいが位置につき、一人ひとりが指定されたセリフを読み上げる。
棒読みする人は誰もいない。みなさん情感たっぷり、ゼスチュアたっぷりに大声を張り上げる。ロミオは下から上を見上げて、ジュリエットはバルコニーから下にいるロミオに向かって。
今回のセリフは『傷の痛みを知らない奴は、他人の傷をあざ笑う』。とただこれだけ。こんな日常会話にない言葉を喋ることに一瞬戸惑うが、演出家は「真直ぐ歩きながら、もっと大声で!」と三度やらされた。セリフは個人で言う場面、グループで言う場面、出演者全員で言う場面があり、油断する暇はない。
演出家は出演者のセリフを聞きながら、セリフに修正を加え、動きを指示する。出演者側にはアドリブを入れる豪の者もいるが、「台本のままで! ちょっとやり過ぎ!」とダメを出される。

演出家の頭の中では構想が次第に膨らみ、固まってゆくのであろうが、我々一人ひとりには、依然全体像は分からない。
月末の全体稽古は本場の会場に近い広さの体育館でやるそうで、全員の参加が義務付けられている。突如現れたこれだけの人たちを運ぶために、当日は最寄り駅から臨時バスが出るという。騒ぎは大きくなってきた。(やれんなあ)
田谷英浩(2016.9.17)

社団法人のゴルフ場

日本には現在2,300か所のゴルフ場がある。そしてその運営形態には、株主会員制、社団法人会員制、預託金会員制、パブリック制がある。今回はこの内、社団法人会員制のゴルフ場についての現状とプレー実績を記す。
まずその数であるが、僅か28のゴルフ場である。日本のゴルフ場の総数が2,300であるから、その内の28コース、つまり1.2%にすぎない。稀少性が際立つ。
ゴルフ界には名門コースという言葉がある。しかし何をもって「名門」と称するかは定かでない。バブル期に完成した白亜の殿堂のようなクラブハウスを持つコースを「名門」とは言わないし、テレビ局が自社の中継するコースを宣伝するために「名門」を連発しても、ゴルフをよく知る人は、よく言うよ!と冷笑する。
となると、本当の意味での「名門コース」は何処か。

ゴルフの回数では他人にひけをとらないし、都道府県の全てでプレーしたとなると、そんな仲間はいない。それくらいやってきたのだが、振り返ってみると土日はむろん、平日でも会員同伴でないとプレーできないコースや、紹介状をひと月も前に提出することを要求されたコースもあった。今にして思うと、こういう手続きが面倒なコースも名門の一角と言えそうだが、どうやら名門コース=社団法人ゴルフ場ではないかと思うようになった。

ゴルフ場がまだ世に少なかった頃、ゴルフの振興を目的に設立された古くからあるゴルフ場、会員権の第三者への譲渡を認めないことで格式を維持しているゴルフ場。これらを名門コースの要件とするならば、社団法人ゴルフ場=名門と定義してよさそうだ。1966年以降、社団法人ゴルフ場が作られていないことも説得力を持つ。
そこで我が実績。先月までにプレーした全国352ゴルフ場の中で、該当するもの12場、率で3.4%。結構レベルの高いゴルフ場でプレーしていたことに満足する。
列挙すると先月プレーした程ヶ谷ccの他、霞が関㏄ 相模㏄ 湯河原㏄ 鷹の台㏄ 門司GC 東京GC 広島㏄ 札幌GC 霧島GC 若松GC 日光㏄の12コースである。 
田谷英浩(2016.9.7)            

親分とアーチャンの金婚式

わたしは阿部芙由花。親分とアーチャンの一番上の孫です。今年桐朋学園を卒業し、今は島村楽器という会社のピアノ教室で講師をしています。
昨年あたりから親分の口から事あるごとに、「結婚50周年」、「金婚式」という言葉が出るようになりました。
私の母は三人姉妹の長女ということもあって、日頃偉そうにしているので、やっぱり何かやらないと不味いかな~とブツブツ言っていました。
一番下の妹の「なっちゃん」の旦那さんの「おにぞー」はとても律儀でやさしい人なので、親分に迎合するように、“やりましょう、やるべきです、こんな目出度いことはないです”と皆をたきつけていました。
真ん中の妹の「たーちゃん」はもともと宴会や旅行の大好きな明るい性格なのできっとなにか計画してくれていたのでしょう。

問題はいつ、どこで、ということだったと思います。私の父と「たーちゃん」の旦那さんは忙しいサラリーマン、「おにぞー」はもっと忙しい自営業。ママたち姉妹も子供の部活や習い事、かくいう私もピアノの仕事や合唱の練習など予定があり、全員揃う日がなかなか見つかりません。旅行やホテルでの宴会も案に挙がったようですが、一泊する日程が見つからないのと金銭的な理由で却下されました。

あれはたしか5月の連休の時だったと思います。痺れを切らした「おにぞー」が「たーちゃん」の住んでいる橋本のマンションにパーテイルームがあるのだから、そこでやってはどうかという案を出しました。結婚記念日は2月ということを再三聞かされていた母親たちも焦りだしていましたので、“おお!その手があったか”とこの妙案に飛びつきました。そこにはホテル並みのゲストルームもあり、親分たちの宿泊も可能なのです。
そして孫たちの中で一番の達筆・麻衣ちゃんに「8月11日17時30分 ミッドオアシスタワーズ29Fビューラウンジへお越しください」という招待状を書いてもらい金婚式計画が本格始動しました。

その後、忙しさに紛れて計画は忘れられたようになっていましたが「たーちゃん」はパーテイルームを予約したり、食事のメニューを考えたり、色紙を用意したり、と着々と準備してくれていたようです。ママや「なっちゃん」は間際になって動き出しました。プレゼントの買い出しはママと私とパパがやりました。

相模原市の橋本駅近くにあるこのタワーマンションの最上階ビューラウンジは凄いです。30、40人は入れそうな広さで、丹沢や横浜市内の眺望も見事で、夜景がことに綺麗でした。キッチンがついていて、パーテイが開ける造りになっています。そのキッチンで「おにぞー」が美味しいステーキを焼いてくれました。これには親分もかなり気に入ったようで、ここはいい、凄い、友達を連れ来るから今度貸してくれを連発していました。

式次第は「たーちゃん」とママが考えて、プログラムは編集者のうちのパパがつくりました。毎度おなじみ、司会はうちのママで、開会宣言に続いて、パパと主賓の渡邉先生が祝辞を述べ、「おにぞー」が乾杯の挨拶をしました。
何時も真っ先に喋りたい親分はこの夜ばかりは神妙な顔でお祝いを受けていました。沢山のご馳走と祝辞、子供や孫たちからのお祝いのプレゼントの贈呈が続いた後、チビの孫たちから開催中のオリンピックにちなんで手作りの金メダルが贈られました。50と書かれた金メダルを首に掛けられ、親分も「あーちゃん」も嬉しそうでした。
全員が書きこんだ色紙をのぞいてみると、「これからも夫婦円満で人生を謳歌してください」というオーソドックスなものから「目指せ!結婚100周年」といういくら何でも達成困難なものまでさまざまありました。そしてケーキ入刀! 結婚50年の共同作業とみなに囃され、二人は照れくさそうにやっていました。
最後に「たーちゃん」の旦那さんの「じゃがお」がバシッと閉会の挨拶を決めてくれてお開きになりました。
それにしても、いまの私には50年も一緒にいる異性などは到底想像できませんが、親分とアーチャンは本当に元気で明るいです。
私たちが幸せに暮らしていけるのもこのおじいちゃん、おばあちゃんのお蔭だとみんな口々に言っていました。

今日も夏休みもそろそろ終わりということで、朝霞をのぞいてみましたが、アーチャンは翌日に迫った女性コーラス<マロニエ>の発表会の練習に余念がなかったし、親分に至っては<さいたまゴールド・シアター>に出演することが決まったとかで、ロミオの台詞を独白していました。二人そろって本当に元気だ。これからも元気でいてね。             
田谷英浩(2016.8.27) 

JR 北海道赤字路線の命運

リオ五輪と高校野球の狂騒の中で「JR夕張支線」廃止がひっそりと報じられた。

『JR北海道頑張れ!(2013.10.1)』、『廃線かJR北海道の7路線(2015.7.7)』とJR北には本コラムでも再三エールを送ってきたが、沿線人口の激減、運転本数の削減という悪循環を脱しきれず懸念された廃線が現実味を帯びてきた。
鉄道ファンとしては、国は道路の路面補修や除雪、照明などには多額の金を出しながら、鉄道には一切金を出さない。鉄道会社が一銭でも収支がマイナスになれば赤字、赤字と文句を言う。これはおかしいんじゃないかと思うのだが大勢は決しつつある。
そこで愚痴は止めにして、廃線間近の北海道三路線の思い出を綴っておくことにする。

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留萌本線 留萌―増毛間 16.7㎞
今年12月の廃止が決まった。留萌港への石炭輸送と増毛のニシン漁が賑わい「本線」を称するが、全長66.8㎞のローカル線である。
これには31年前の1985年5月に乗っている。前夜留萌泊、早朝7:22のキハ40で増毛7:51着。行き止まりの線路と片側一面だけのホームに止まっている一両のデイーゼルカー、終着駅らしい写真を撮って、8:00発の列車で慌ただしく引き返した。
名画『駅 STATION』のロケで有名になった駅前の「風待食堂」を見る時間もなかった。

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石勝線夕張支線 新夕張―夕張間 16.1㎞
2019年3月に廃止される。
夕張炭田の運炭路線であったが、炭鉱閉山後の利用者は極端に少なく、施設の老朽化もあって廃止は不可避だった。
これには25年前の1995年5月に乗った。石勝線の開業により「紅葉山」を「新夕張」と駅名変更したのだが、ホームには夕張線当時の駅名看板がそのまま残っていた。
新夕張17:07の1637D列車で夕張に向かう。山の中腹まで埋めていた炭鉱住宅はすでに撤去されて段々畑のようになっていた。

その頃の夕張は観光都市への転換を目指し、いろいろな観光施設が続々建設中であった。まさか後に財政破綻、財政再生団体に転落しようとは思っても見なかったであろう。その日は東京の一流ホテルにもひけをとらない「ホテル シューパロ」に投宿した。
夜は町に出て、以前来たことのある炉端焼き屋で呑む。名画『幸福の黄色いハンカチ』のロケで滞在していた高倉健が毎晩通って来て、そこに座っていたと女将は当時を懐かしんで涙ぐみながら話す。翌日、その黄色い旗が今でもなびくロケ地を見に行く。ああ、あのシーンはここで撮ったのか。

札沼線 北海道医療大学―新十津川間 47.6㎞
函館本線に並行して石狩川沿いを走るこの線がどんな目的で敷設されたのか知らない。しかし今では札幌駅―北海道医療大学駅間30.5㎞の沿線には学校が多数存在していて、通学・通勤路線の様相を呈しているし、一つ手前の石狩当別駅迄は電化されている。

ところがそこから50㎞先の終着駅新十津川には、最新の時刻表でも9:28着の列車と、9:40発の列車しか一日に存在しない。つまり朝出発した乗客はその日の内に列車では帰れないことになっている。こんな事があっていいのかと思うが、それくらい誰も乗らない鉄道になった。廃線やむなし。

こういう地味な路線なので、何時乗ったのか正確な記録が見当たらない。ただし乗ったのは確かで、多分札幌支店の仕事の翌日、その頃はまだ日に数本走っていた札沼線の列車で新十津川まで行ったはずだ。そして帰りに適当な時間の列車が無かったので、石狩川の道路橋を渡って函館本線の「滝川駅」まで歩いた。
距離にして3、4㎞だったので一時間くらい後には、函館本線の列車で札幌に帰った。歩いて橋を渡ったことを今でも覚えているので白昼夢ではない。全線完乗に燃えていた若い日の思い出である。
田谷英浩(2016.8.27)

映画を語ろう


太陽の蓋  2016太陽の蓋プロジェクト 佐藤太
東日本大震災と福島第一原発事故。国民の記憶が次第に薄れてゆく中で、政権側はあろうことかフクシマを無かったことにしようとしている。しかし志の高い映画制作者は“とんでもない!フクシマは終わっていない”と告発する。
本作品の主題は“あの時官邸で何が起こっていたのか?”
突然の激しい揺れ、津波、原発の電源喪失と冷却機能停止、水素爆発、撤退をめぐる議論…。映画は官邸と東電の意思疎通の欠如、保安委や原子力物理学者の無能、のちに知ることになる混乱と無責任、無秩序を実名でドキュメンタリー風に描く。
しかし如何せん取り組んだテーマが大きすぎた。官邸と東電、真相を追う新聞記者、原発作業者とその家族、どれ一つとってもゆうに一本の作品になる。そのすべてを二時間のドラマに収容するには些か無理があったと言わざるを得ない。
多分ハリウッドなら大金を投じて骨太な政治ドラマ、社会派ドラマに仕立て上げたろう。それくらいこのテーマは重いし、隠された真相に迫る値打ちもある。
翻って日本映画界にも昭和64年の少女誘拐殺人事件を『64ロクヨン』前・後編として製作するだけのエネルギーがまだある(ただ長いだけの作品ではあったが)。ならば取り組むべきテーマはこれではなかったのか。

さらに残念なのは渋谷ユーロスペースでの単館上映が二週間程度で終了したこと。最近の空気から、何処からか圧力でもかかったかと邪推するが真相は不明。しかしもし単に入りが悪いだけの理由ならマスコミにも責任の一端はある。時として映画評欄にどうでもいいようなアクション映画を見受けるが、そんな余裕があるのなら、問題作、意欲作としてこれを取り上げるべきではないのか。朝日にさえ見当たらなかった。
社説だけが新聞社の論調のすべてでは無かろう。映画評においても、収束なぞしていない福島の現状と原発推進の危険性を発言すべきである。残念ながら「作品」としてのデキは高いとは言えないが、本作に携わったすべての制作者、スタッフ、キャストの意欲を高く評価したい。


殿、利息でござる!  2016製作委員会方式 中村義洋
歴史学者磯田道史の原作ものと聞けば、磯田ファンとしては何を置いても駆けつける。期待にたがわぬ快作。
“これも世の貯め、人の貯め”というふざけた惹句そのままに、藩に大金を貸し付け、利息を巻き上げる、つまりお上から年貢を取り戻す逆転の発想。知恵と勇気があればどんなピンチも脱出できる!


トランボ  TRUMBO 2015米 ジェイ・ローチ
これは非常に今日的な映画である。政権の意向を忖度して問題提起型、告発型の作品を作ろうとしない日本の脚本家、演出家必見の作品である。
悪評高い赤狩り、マッカーシズム吹き荒れる中で脚本家ダルトン・トランボは一歩も引かなかった。挙句、有罪判決、投獄。
出所後仕事の無い彼は偽名を使ってB級作品を書きまくる。この逆境の中で彼は『ローマの休日』や『黒い牡牛』を書き上げアカカデミー賞を受賞する。
ほぼ24時間、タバコを咥え、タイプライターをかたときも離さず打ち続ける姿は超人的。いくら食うため、家族のため、意地のためとは言いながらも、その姿は崇高でさえある。
映画ファンとして嬉しいのは、当時のニュース・フィルムや似た役者を使って本人がいっぱい出てくること。トランボを告発する側に、ジョン・ウエインやエリア・カザン、守る側にカーク・ダグラスやオットー・プレミンジャーが登場する。
これに華を添えるのが奥さん役のダイアン・レイン。名作『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984年 ウオルター・ヒル)の歌姫も60歳過ぎのおばさんになっていたが、あの時の炸裂するロックのリズムが鮮やかに甦った。


ロイヤル・ナイト A Royal Night Out 2015英 ジュリアン・ジャロルド
71年前、19歳のエリザベス王女はバッキンガム宮殿を抜けだし、ヨーロッパ戦勝記念日に湧くロンドン街中でお忍びの一夜を過ごした。『ローマの休日』を彷彿とさせる実話だそうである。
それにしても『クイーン』(2007)、『英国王のスピーチ』(2011)、『マーガレット・サッチャー』(2012)、こうした映画の制作を認める英国王室の懐の深さと国民性に感心する。


マイケル・ムーアの世界侵略のススメ Where to Invade Next 2015米 マイケル・ムーア
『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002)、『華氏911』(2004)、『シッコ』(2007)、『キャピタリズム~マネーは踊る』(2009)…。
自国アメリカを痛烈に批判してきたマイケル・ムーアが今回は、アメリカよりましなやり方をしている国々を見てくるぞ!と星条旗を掲げて旅に出る。有給休暇の多いイタリア、学校給食の凄いフランス、女性の社会進出の先頭をゆくアイスランド…。
どこまでが本当だろうかと首をひねるシーンも出てくるが、冗談交じりの語り口が楽しい。何かと力で勝負をつけたがるアメリカに対する警鐘である。
田谷英浩(2016.8.15)

蜷川幸雄のゴールド・シアター2016(3)

もう少しいい加減に考えていたが、次第に緊張が高まってきた。というのは次のような書類が送られてきたからだ。

「セリフを覚えるのは苦手だけど体力には自信がある」、「身体を動かすことには不安があるが声を出すのは好き」など、様々な特徴をお持ちの参加者のみなさま一人ひとりが、ひとつの群集劇の中で役割をもって演じていただけるように芝居を創っていきます。稽古が進むにつれて劇におけるご自分の役割が決まっていき、その役割によって稽古の参加回数に個人差が出てきます。

9月の稽古スケジュール
・動きを中心とした稽古:全員参加 9/8・9・12・16の一回以上
・全体稽古:全員参加 9/29・30
・セリフの稽古:7月の稽古で台本を読んだ中から、特に印象に残った人やもう一度セリフをお聞かせいただきたい人→これに該当した:9/13・14・15の内いずれか一回参加

10月の稽古スケジュール
「動き」「セリフ」「歌」それぞれの基礎練習を行う。平日に週3回程度の稽古日程を組む。その中から参加できる日程を選ぶ。

11月以降の稽古スケジュール
・11/9から週1回~5回
・11/21・22:全体稽古 全員参加
・11/23~27:仕上げ稽古
・11/29・30:通し稽古 全員参加
・12/2:最終全体稽古 全員参加
・12/6:舞台稽古 全員参加
・12/7:舞台稽古及び本番

稽古着について
・白と黒の羽織もの/ゴム底のスニーカー持参のこと

秋の旅行などは難しくなった。何を演じるのかは分からないが、観察者から演技者に変わらざるを得ないようだ。 
田谷英浩(2016.8.7)