回顧2018

人生100年が現実味を帯びてきた。“しかし本当にそんなことになるのだろうか。今年傘寿を迎えるので、その実証実験の一年目にする。”と昨年、年初のコラムで書いた。そして一年が過ぎた。 続きを読む: 回顧2018

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狐のえりまき 

狐、ハニーさんの集まり、白百合会をまとめるK姉妹は上等な厚手のオーバーコートに狐のえりまきを見せびらかしています。どちらも高価で駅前広場にたむろすハニーさん達には欲しくとも手がでません。狐のえりまきはこの辺では狸ズラの金持ちのざあます夫人か闇やの嬶がこれみよがしに巻いていたのです。白百合会会員の子分から巻き揚げた上納金でK姉妹はいい暮らしでした。
ポン引きのA.ジョージさんは神風特攻隊の生き残り、という人で長身の美男。妹は駅前浅川タバコ屋の前で米兵に射殺されたハニーさんです。ジョージさんも白と青のだんだらのえりまきをしていますが、米國大学カラーのシックスフィートという長いもので「アメ公から巻き揚げたもの」だそうです。ジョージさんは米兵を屁とも思っていません。懐には常に匕首を忍ばせ「わたくしは一度死んだ身、恐ろしいものなぞございません!」が口癖でした。

外は雪です

大角豆(ささげ)見たような小顔のムサシヤ食堂のおばちゃんは黒人兵ト二ーのオンリーさんベリー嬢に明治の娘時代、在所の信州にあった時の糸繰り工女の辛く哀しい暮らしを聞かせています、、、、その話にベリーさんは泣いています。おばちゃんのちっちゃな手が赤ちゃん見たく、桃いろで艶つやしてるのを問うたが話の始まりです。湯に浸った繭から生糸を手繰り続けるうちに「その成分が肌に優しく作用したのかもしんないやね」だそうですが本当のことはわからないとも。
  弟は木琴に飽き、浅草のおばあちゃんが雷門右手の玩具屋から送って寄越した最新の発条仕掛の自動車を畳が擦り切れるもかまわずウイーン、ウワーン言わせてます。
  僕は炬燵でト二ーからポーカーゲームの手ほどきを受けています。ト二ーが最強の手だといったロイヤル ストレート フラッシュばかりを狙うので「ヨクバリ  シッパイスルヨ!」と笑われた。「がっつく乞食は貰いが少ないってこと?」って聞いたら「ワカンナイヨー!」だって。ポーカーフェイス、のなんたるかもこの時教えられましたが、僕はすぐ顔に出してしまう気質でとてもうすら惚けた顔なぞ出来やしません。 
  多くの米兵がそうであるようにト二ーもまた真冬でもTシヤツ一枚で寒がりません。後で知る事ですが、この頃日本人の一日の摂取カロリーが2000キロカロリー前後だったにアメちゃんは4000〜5000キロカロリーを毎日摂っていたと言う事です。寒い訳がありません。 
外は牡丹雪です。

「改憲」「脱原発」「災害対策」…講演会をはしごする

その年の世相を漢字一文字で表す今年の漢字、平成最後の年は「災」になった。
初代林家三平は立川談志を俎板にあげ、“あの人は落語界のテンサイですな。天の災いと書く”と笑わせたが、生きていれば、“あの方は政治のテンサイですな。天の災いと書く”と安倍晋三をからかったかもしれない。
それはともかくとして、2018年は
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かどまつ

毎年グリスマスが来ると土建屋や鳶職を名乗りHというヤクザ一家が、否応なしに駅前通りから裏通りのしもた屋まで一軒のこらず、かどまつを飾りたてにきました。「うちは要りません」などとは後の仕返しが恐くて言えたものではありません。
初めのうちは竹も子供たちの竹馬や物干し竿になるほどしっかりとしたものでしたが、だんだんと細くなり何の役にも立たない竹に変わってしまったのです。それても値段は毎年上げられ、昭和28年には一対千円になってしまいました。
七草が過ぎるとわざわざどんぶり股引姿に印半纏の下っ端ヤクザが集金に来ましたが、領収書なんて出ようはずはありません。ヤクザ丸儲けの図式です。
商店街は七草頃まではお正月休みでしたが、そのほかは年中休む事無く、朝は開店の早さを競い、店前を掃き清め、水をうって客を迎え、夜は遅くまで暖簾を出していたのです。さもないと「怠け者あきんど」と笑われ、商いにおおいに影響したのでした。

濫読 ―昭和解体からテレビ戦争まで―

新聞の書評で、本屋の店先で、友人に薦められて、きっかけはさまざまだが、系統立てずに読了した2018年後半の図書のいくつか。


昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実 牧久
500頁の大冊である。いまや死語に近いが、日本国有鉄道(JNR)は、1987年3月31日、115年におよぶ長い歴史の幕を閉じた。
それから30年、分割・民営化されたJR7社はいま20,000㎞の線路上をいわば私鉄として列車を走らせている。
国鉄の分割・民営化は37兆円を超える累積債務の処理、人員整理による経営合理化が表向きの理由であったが、真の目的は、国労、総評、社会党の解体を企図した戦後最大の政治経済事件であった と著者は主張する。
従ってこのノンフイクション作品に登場する主な人物は、政治家では田中角栄、三塚博、加藤六月、中曽根康弘、橋本龍太郎。労組側では細井宗一、富塚三夫、松崎明。国鉄では石田禮助、磯崎叡、藤井松太郎、高木文雄、仁杉巌、杉浦喬也。財界は土光敏光、瀬島龍三、言論界は内藤国夫、加藤寛、尾山太郎と多彩。

そして主役は国鉄改革三人組と言われた三人。
井出正敬 (1935年生まれ 東大経卒 JNR入社1959年)
松田昌士 (1936年 北大法卒 1961年)
葛西敬之 (1940年 東大法卒 1963年)
の面々である。

「国鉄解体 分割・民営化」は国労、総評、社会党潰しを狙った中曽根政権にとっては大成功であったが、国鉄の体制派からすれば、この改革三人組は「国鉄一家」に弓を引き解体を企てる反逆者であった。

本書は最盛期には60万人の組合員を擁した公共企業体・日本国有鉄道の38年間に及ぶ長い闘争の歴史を、政治、経済、労働運動などの面から多角的に検証した大作である。
鉄道好き、国鉄大好き人間にとって、これは無視できない読み物であった。そして強く感銘を受けたのは、「改革三人組」の信念と正義感、そして挫折を繰り返しながらも立ちあがる勇気とバイタリテイ。
生まれも社会人としてのスタートもほぼ同じ同期生としては、政・官の強大な圧力と内部の裏切り、暗闘、保身、憎悪が渦巻く中でよくぞ耐えたものだと驚嘆する。

同じころ青年将校を気取って、親会社の横暴とそれに与する無能な経営トップ排斥に立ち向かったことがあるが、これに比べると我々のやったことは児戯に等しい。
彼ら三人組の働きは、幕藩体制を打倒し明治維新を誕生させた維新の三傑を彷彿させる。
こののち三人は、JR西日本、東日本、東海の社長にそれぞれ就任した。


軌道 福知山線脱線事故JR西日本を変えた闘い 松本創
2005年4月に発生した福知山線脱線事故は、死者107人、負傷者562人を出す大惨事になった。本書は事故で妻と妹を失い、娘も重傷を負ったある遺族のJR西日本との闘いを追う400頁のノンフイクションである。
彼を支えたのは、なぜ妻や妹、娘がこんな目に遭わなければならなかったのかという原因究明の強い意志と、職業柄災害や公害の現場で行政や企業と向き合ってきた交渉力だけ。
一方JR西日本は当初企業体の過ちを認めず、あくまで運転士個人の責任と言い張る。そしてその張本人が長く社長と会長を務めたあの井出正敬氏。
国鉄の改革三人組の総司令官として辣腕を振るった同氏は、1995年1月の阪神淡路大震災において自ら陣頭指揮に立ち、ライバルの私鉄各社より圧倒的に早く復旧を果たし、その手腕を内外に示した。
そしてそれまで「井出商店」と揶揄されていたワンマン経営者の地位をついに「井出天皇」にまで高めたのである。
古い国鉄をぶっ壊した改革派井出が、何ゆえ周囲の誰もがもの言えない独裁体制を敷くに至ったのか。今もって謎である。
加害企業と被害者が同じテーブルについて、事故原因を話し合うという前例のない試みにまで繋がったのだが、井出は最後まで遺族の前に姿を現していないという。


傍流の記者 本城雅人

ミッドナイト・ジャーナル 本城雅人
二作とも新聞記者が主人公。新聞社内には派閥があり、権力闘争があり、他メデイアとの取材競争がある。
ネットニュースが溢れ、スピードではかなわないまでも、本当の情報はクリックすれば出てくるもんじゃないと、新聞の意義を信じ、プライドをかけて真実に迫ろうとする男女の記者を活写する。

著者は元産経新聞の記者。それゆえ新聞社内や記者クラブの雰囲気が非常に良く書けている。こちらも若いころ広報部門に在籍して新製品や新技術の情報をメデイアに提供することも仕事の一部であったので、経済紙、工業紙の記者との接触も多く、彼らの行動原理や意識について一応の知識がある。

そんなこともあって、この小説に登場する東都新聞、中央日報などを、これは読売、これは朝日と置き換えて読むと一段と興趣が増す。キャップ、デスク、部長、編集委員…、取材記者とはいえ、役職を駆けのぼる社内の競争意識や対抗意識は何処の会社も同じ事。20年も前に辞めた事を忘れてしばし登場人物に感情移入する。企業小説を読む醍醐味であろう。


地名は警告する 日本の災害と地名 谷川健一
日本列島は山地がいきなり海に接して平野が少ない。急峻な河川が大部分であり、四周は海に囲まれている。こうして日本は自然災害に侵される危険な地形に満ちていて、加えて地震列島なので地名もその危険を予知するものが少なくない。

東日本大震災では宮城県名取市閖上(ゆりあげ)が津波の甚大な被害を受けた。「揺る(ゆる)」は風波が海底の砂を揺り上げて岸に押し寄せることで、閖上はそれに相応しい地名であるという。
また相模湾に面した大磯、二宮、平塚は万葉集に「相模路のよろぎの浜」と詠まれているが、「よろぎ」は「ゆる」に由来し、関東大震災では鎌倉や大磯にも津波が押し寄せ多くの死者を出したともいう。こういう事例が満載の書。


硯の中の地球を歩く 青栁貴史
著者は浅草の書道用具専門店の4代目。
硯に適した石を求めて、中国や日本の山、採石の町に足を踏み入れる。中国では山賊に襲われ、日本の山では熊を警戒しながら沢を歩く危険な旅。
硯と一緒に風呂に入る。石紋が綺麗に浮かびあがる。湯船でじっくり眺め、ゆっくりさすると硯の「ありがとう」という声が聞こえてくるという。変人の一人であろう。


影の日本史にせまる 西行から芭蕉へ 磯田道史 嵐山光三郎
『武士の家計簿』、『殿様の通信簿』を著し、NHK・TV『英雄たちの選択』をコーデイネイトする博識の歴史学者磯田道史と何が本業なのか分からない、しいて付けるなら辺境探訪家、遊湯紀行家とでも言うべき雑学の大家嵐山光三郎の対談本。

標題にあるように「影の日本史」と断るからには、西行や芭蕉は美しい芸術家ではない。彼らは権力の影で生きていた。
西行は出家するまでは上皇の親衛隊であり秘密警察、政治の中枢に直結した歌壇ジャーナリズムの寵児なのである。
一方芭蕉は江戸幕府の巡見使となる曾良と「おくのほそ道」を旅した。芭蕉の旅が諜報を兼ねていたことを否定できまい。こんな二人の対談が面白くないはずがない。


テレビ最終戦争-世界のメデイア界で何が起こっているのか- 大原通郎
業界に精通する向きには既知の内容かもしれないが、と書評にあったが、とんでもない知らないことばかり。
今や世界のメデイアビジネスの覇権はハリウッド大手スタジオやテレビ局といった旧勢力から、ITを駆使する新興勢力に移りつつあるのだそうだ。
映像ビジネスに参入したフェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、グーグル、アップルは日本にも押し寄せ、視聴率低迷にあえぐ放送業界を追い詰めているという。
(2018.12.4)

議会改革

早稲田大学マニフェスト研究所は毎年全国自治体議会の改革度ランキングを発表している。議会が果たすべき役割を1情報共有2住民参加3議会機能強化の3項目において、その改革度合いを数値化、ランキング化するもので、このほど今年2月に実施した全国1,781自治体議会(回答率74%)の評価が発表された。
続きを読む: 議会改革

かすみ網

全校生総出でイナゴ取りをした、城山の南面に稲刈りが終わった田んぼは放ったらかしにされます。
秋が深まると田土は校庭のようにカラカラに乾き土埃も立たず裸足にも優しく、キャツチボール、相撲、馬蹴りと格好の遊び場になりました。 続きを読む: かすみ網

横須賀・猿島散歩

テレビの人気番組「じゅん散歩」にあやかって散歩シリーズを書く。たまには家人を誘って何処かへ出掛けなくてはいけないという義務感もあるのだが、肝心の家人はヒザが痛い、その日はコーラス、次の日は孫との約束があるなどと言って、なかなか誘いに乗ってこない。
独りで行くのなら、もっと別のところを考えるのだが、家人帯同、しかもこれまでに行ったことのない近郊となると、案外に行くべきところは少ない。
これまでにも「横浜ベイサイド散歩」、「草加宿散歩」、「青梅散歩」などはお目にとまったかもしれないが、今回はいくつかの候補の中から横須賀を選び出した。題して「横須賀・猿島散歩」。

むかしと違って、東京メトロ副都心線の開通は横須賀との距離を劇的に短縮してくれて、横浜を経由して京浜急行の横須賀中央駅までは2時間弱で到達する。
クルーズ船による「軍港めぐり」と夜の「どぶ板通り」の報告は別の機会に譲るとして、二人とも初めての「猿島散歩」を書く。

猿島
東京湾に浮かぶ唯一の自然の島で無人島。周囲1.6㎞、標高40m、横須賀の三笠公園桟橋から船で10分。
ところで諸兄は「島」の定義をご存知か。筆者も当然知らない。だから俄か知識を幾つか紹介する。

・島の定義 (国連の海洋法)次の3条件を満たすもの
❶自然に形成された陸地であること。
❷水に囲まれていること。
❸高潮時に水没しないこと。
(海上保安庁)
・満潮時に海岸線の延長距離が100m以上の陸地
(国土地理院)
・航空写真に写る陸地

ついでに
・日本全土の島の数➡6,852島(本土:5 離島:6,847)
・東京都の島の数➡330島(全国6位 1位長崎県971島)東京都・島の人口/28,000人 有人島13/伊豆諸島 小笠原諸島
・東京湾の島の数➡20島 人工島/月島 平和島 夢の島など無人島/猿島

さて猿島。鎖国時代から明治、昭和に至るまで首都防衛を担う東京湾の要塞の島であった。今でも旧軍の司令部跡や弾薬庫、砲台跡など煉瓦造りの施設が残っている。
歩くこと一時間。ただし海風に吹かれてふらりふらり散歩するするというより史跡巡りの雰囲気が漂う。
上陸した若い人たちも、あまりロマンテイックな気分にはなれそうもないが、海水浴シーズンともなれば、若者で溢れる我々世代には無縁の、釣りやBBQのメッカとしても人気の観光スポットであるらしい。
幸いこの日は快晴、島のてっぺんに立つと米海軍横須賀基地から三浦半島、房総半島まで一望できる。
大昔、日蓮上人が房総から鎌倉へ渡る途中嵐に遭い、猿に導かれて避難したという島の伝説が猿島命名の由来だという。立入禁止の日蓮洞窟もあったから多分本当のことなのだろう。
(2018.11.13)

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ABA.あば

僕の通う第二小学校の隣は氏神様岡の氷川神社で、僕たち四人が手を繋いでやっと抱えられる太さのイチヨウの古木がありました。一年生の夏休み、六年生が子供会を開いてくれましたのがこの木陰でそのリーダーが、いま(平成30) 根岸の西友前でインテリアのお店を出している内田さんでその妹のいつ子さんは僕とは同級生、二人のおじいちゃんは二小のいつも二コニコ優しいこずかいさんの内田七之助さんです。
秋になるとイチヨウの黄葉が境内を厚く埋め、裸足でその上を歩く気持ち良さと言ったらありません。男木でしたかギンナンを付ける事は無かったようです。
ここにも時どきアメリカ兵の姿が見られまして、僕たちが「あばよ」と手を振ると兵隊は「バイバイ」と掌を握ったり開いたり、赤ちゃんみたくかえしてくれました。ところで「あば」ってどこから生まれた言葉でしようね。僕は「さよなら」のつもりで口にしてましたが…今は全く耳にすることはありません。今でも使っている方がおられましようか?

旧作、問題作、最新作−2018年後半の映画から

映画館で映画を見るという正しい鑑賞態度はブレることなく、今年も40本前後になりそうである。その中から後半、特に記しておきたい4作品を選び出す。


大いなる幻影 La Grande Illusion 1937仏 ジャン・ルノワール

亡友横尾一彦はフランスの三大名画に天井桟敷の人々(1944 マルセル・カルネ)、望郷(1937 ジュリアン・デユヴィヴィエ)と共にこの作品を挙げていた。それが高校生時代。
洋画の世界では、今になっても第三の男、ローマの休日などと並び称される存在であるから彼の審美眼は正しかったと言える。
その大いなる幻影を初めて見た。製作されて80年、公開されてから70年。この差は反戦映画とみなされて日本で公開されたのは、戦後の1949年であったから。この映画で知ったこと。
1) 脱走を描いた捕虜収容所映画の傑作第17捕虜収容所(1953
(ビリー・ワイルダー)、大脱走(1963 ジョン・スタージェス)の原点をなす。
2) 監督は印象派の巨匠オーギュスト・ルノワールの次男である。
3) デジタル修復版の画面が驚くほど鮮明で、作り方にも古さを感じさせない。戦争が生みだした収容所を舞台にした一大人間絵巻。主演はジャン・ギャバン。


タクシー運転手 約束は海を越えて 2017韓国 チャン・フン

韓国映画を見直した。1980年の光州事件をテーマに、外国人ジャーナリストが身分を隠して世界にニュースを発信するのを助けるタクシー運転手の職業にプライドをかけた戦い。悲劇的で暴力的なシーンも多いが、それをコミカルで人情味あふれるサスペンスタッチで描ききった。並々ならぬ監督の手腕。
残念ながら今年のアカデミー賞外国語映画賞は逸したが、その資格は充分。韓国国内では大ヒットの由。映画を見た文在寅大統領は「光州事件の真相は完全に解明されていない。これは我々が解釈すべき問題であり、私はこの映画がその助けになると信じている。」とコメントを残した。
天安門事件を想起させる中国では当然のように未公開で、この映画の存在も消し去られているそうだ。


華氏119 Fahrenheit 11/9 2018米 マイケル・ムーア

同時多発テロ事件を告発した華氏911から14年、アポ無し突撃監督マイケル・ムーアのトランプ批判最新作。
華氏911とは近未来小説『華氏451度』のパクリで、紙が自然発火する温度451度を真似て、同時多発テロの発生した9月11日を自由が燃える温度として表した。
その伝で言えば、今作華氏119はトランプ大統領の誕生した11月9日がアメリカの自由が消えた日とでも言うことであろうか。
マスコミに流されるトランプの常軌を逸した発言、行動、スキャンダルには飽き飽きしているので、少し違った角度からトランプを観察する。
●トランプを作り出したのは、これまでの米国民の行動、言動、議論でありメデイアの責任である。テレビ各局は視聴率が取れるからと、トランプの過激な言動を流している。
●この映画を見て悶絶するのは、オバマやヒラリー・クリントン
ではないか。既成の権威、既成の権益、既成の秩序、「既」に汚れた政、財、メデイアがトランプを誕生させた。
●トランプの登場なくしても、米国の病巣(白人=共和党vs非白人=民主党、 ウオールストリート+シリコンバレー(金融・IT)vsラストベルト(製造業)、1%の超富裕層vs99%の中流以下の階層)は爆発寸前であった。
●一国主義、独裁政治、右傾化は世界の潮流で、トランプの登場がこの傾向に拍車をかけた。そのうえ連日のように銃乱射事件が起き大量の犠牲者の発生が報じられる。
マイケル・ムーアはかつてボーリング・フォー・コロンバインでアメリカの銃社会の問題を告発したが、銃規制は一向に進まず、それどころかトランプは自衛策として教員に銃の携行を薦める。こんな大統領でいいのか。こんなアメリカでいいのか。
●アメリカ沿岸部の人たちはトランプをまともに相手にしようとしなかった。ところが、ニューヨークとロサンゼルスの間の地区には何千万人というトランプファンがいたのだ。民主党もマスコミもそれを見逃していた。まさかと思っていたあの男が大統領になってしまったのである。
自らの著書『トランプが勝利する5つの理由』で勝ちを予想していたマイケル・ムーアの慧眼には恐れ入るが、彼はまだ希望を失っていない。
解決策は民主党が上下両院を押さえ、古いタイプの民主党幹部が道を譲り、若い世代や女性が党内の主導権を握ることだと主張する。上下両院を民主党が押さえるという話は既に破綻したが、尊敬されなくなった米国に苛立つ米人は多い。打つ手はあろう。
次の民主党大統領候補には、前大統領夫人ミシェル・オバマやハドソン川の奇跡のパイロット、サレンバーガーの名前がチラついているという。オバマだって登場するまでは全く無名の存在だった。アメリカの懐の深さと良識に期待しよう。


ビブリア古書店の事件手帖 2018製作委員会 三島有紀子

5年前、舟を編むという広辞苑の編集者たちを描いた超真面目でためになる、その年のキネ旬2位の佳作があった。
その後の邦画では、あん 家路 聖の青春 くらいしか好みの作品は無かったが、今年に入って羊と鋼の森と本作が現れた。
祖母の遺品に漱石のサイン本を見つけた主人公が、その真贋を確かめるべく古書店を訪れる。古書店の若い女店主の名前が栞子、場所は鎌倉。本好きにはたまらない設定ではないか。
当初、本そのものには興味のなかった主人公だが、女店主との知的な会話を繰り返すうちに、次第に本を通じて文学者を知り、文学の世界に入ってゆく。全国の古本屋から本物の古書を借りて作ったというセットは、まさに神保町の古本屋の中にいるような雰囲気で、あの独特の臭いさえ漂ってくる。
本と本の隙間から見せる栞子が静かに本をよんでいるショットはことに美しい。「事件」という程のことは無い事件は発生するのだが、これはおまけみたいなもの。読書、文学、図書館、古本屋、これらに興味のないムキには退屈かも知れないが、その気のある人にはもう堪えられない佳作。ぜひご覧あれ。
(2018.11.20)

爺さんヒイラギ

町民体育大会の景気付けに打ち上げられ花火の黒い煙からうまれる落下傘をおっています。
溝沼の田畑の中に落ちるとおもわれましたが落下傘は風に乗り、東上線を越え、西洋館の椎の木の梢をかすめ僕たちの第二小学校に向かっています。僕は畑を横ぎり、他所んちの庭を抜け、踏切を渡りながら落下傘を追います。息はきれ、下駄の鼻緒が親指と人指し指の間を食いつきます。「ここまで来たんだ、諦められるかい」僕は自分に言い聞かせてます。と、落下傘は飯倉酸素屋の辺りで急降下しすぐ側のお稲荷さんの、古いヒイラギの天辺に下りたのでした。
ヒイラギ、節分に鰯の頭を付けて門戸に挿し悪鬼を払うに用いる其れですが、ここのには葉に鋭い棘となった切れ込みがなく楕円形の葉でとてもヒイラギとは思えないものです。なんでもこの木は歳寄ると葉から棘が消え、樹高も3メートル程て止まり、優しい爺さんになってしまうそうです。この木はこのお稲荷さんの隣でどれだけ生きてきたのでしよう?でも心のうちには鋭い棘を持っているの違いありません。だってヒコバエはどれも青く鋭い棘を持って生まれてくるのですから。
え?落下傘…諦めました!とても手は届きませんし、木によじ登るわけにもいきません。御神木とされている木なんですから。

藤野村歌舞伎を見る


むかし農村では秋の刈り入れ後の祭礼には村人によって歌舞伎狂言が演じられ、娯楽の少ない農民にとっては大きな楽しみであったと聞く。
今でも福島県の檜枝岐歌舞伎や秩父の小鹿野歌舞伎などは、時として新聞紙面を賑わすこともある。しかしいずこも都市化の進行や後継者難によって衰退して、村の祭礼というより観光客目当てのイベントの性格も加わりつつあるようだ。
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ジンタンボ

それまでカシ、クヌギ、シイ、コナラ等の実をひっくるめて「ドングリ」と呼んでいましたが第二小学校入学と同時に  「ジンタンボ」と呼ぶことも知りました。
三年生の秋、全校生にそのジンタンボ拾いが課せられ、講堂に集められたそれは小山を成しました。どこからか来たのかオート三輪車のおじさんが何度も往復して買い取って行ったのですが、これは粉にされパンになるのだと聞きました。お母ちゃんは家畜の餌じゃないの?と言ってましたが本当のところは分からずじまいでした。それにしても、駅前通りの埼玉銀行のあとに開店した大きな「文化パン店」で買ってるコッペパンがジンタンボで出来てるとは信じられないことでした。因みにこの頃、何にでもやたらと「文化」を被せる事が流行りました。大きくは、「文化住宅」から小さくは「文化楊枝」迄。鍋、カマ、コンロ、練炭…面白いのは鯖にまで「文化鯖」もしくは「鯖の文化干し」とうたっていて、生活の中のあらゆるものに「文化」が付けられていたのです。同級生H君のお母さんは新宿の大きな洋裁学校、文化服装学院の先生でした。そう!社会科でならいました。日本も文化国家を目指していたのです。

ところで同級生のKちゃんはアンペラ袋(筵で出来た袋)三袋も拾い集め、リアカーで運び込み、全校一番でしたが、僕はたった御飯茶碗に一杯程で「オメエ、たった、こんだけ?」と笑われました。だってKちゃん家は大きな屋敷林に囲まれた農家でしたが、僕は放課後、西洋館に忍び、屋敷林のシイノミを拾う他は無かったんですもの。駅前通りの子は誰もがそうだったんです。
左下でしょぼくれているのは僕です。
「たったこんだけ?」に傷ついちゃったんです。

社会風刺コント集団 ザ・ニュースペーパー公演を見る

これから三年も、不誠実な安倍政治と付き合うのかと思うとはなはだ憂鬱である。まさか総裁任期をこれ以上延ばそうとまでは言わないだろうが、今の自覚なき何でもありの安倍政権
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標札ドロボウ

昭和26年(1951)、僕は小学4年生です。秋の運動会のころ、町内あちこちの標札が頻繁に消えて無くなったのです。そして何よりびっくりしたのは僕たち悪ガキ共の仕業説が流れ、駅前派出所のお巡りさんは僕たちを一人一人別個に呼び付けては脅し半分に尋問を始めたのですが、僕たちでは無いのですから知らないものは知りません。 続きを読む: 標札ドロボウ