米軍基地があった時代

1945年の航空写真

1945年の航空写真

朝霞市、和光市、新座市、練馬区にまたがる約4.5km²の土地には、昭和20年(1945年)の第二次世界大戦終了後すぐからアメリカ軍が進駐してきました。朝霞市内には、昭和61年(1986年)まで米軍基地がありました。基地の中で働いていた人、基地周辺でアメリカ兵相手に商売をしていた人、基地の中で活躍し有名になったミュージシャンなど、基地とともに暮らしていた人が数多くいます。その一方で、「埼玉の上海」と呼ばれるほど治安・風紀が乱れた時期もあり、また、基地に隣接する小中学校では、ベトナム戦 争時にヘリコプターの音がうるさくて授業ができないというような問題も発生しました。昭和61年(1986年)に国へ返還後、30年近く経つ今も、未だにフェンスに囲われており、自由に出入りすることはできません。この度、市民の有志が文献調査や聞き取り調査を行い、たくさんの証言・資料を得ました。今回の展示会は、その成果報告と位置づけています。身近にありながらも知られていない、朝霞の基地の歴史を、多くの方に学んでいただく機会になれば幸いです。