百貫デブ

 駅前裏通りのW家に東京は板橋区の小学校へ電車通学する3兄弟がいたんです。
 小1の3男は同年の子とくらべると一回り小柄ですがいつも上2人のお下がりを着せられ、だぶだぶぶかぶかのズボンの裾を幾重にも折り上げているので脚さばきが悪く、かけっこは保育園児にも負けるビリッケツでした。いっそのこと半ズボンにちょん切ってしまえばと思うのは他所様の目で、両親はじきにお兄ちゃんみたく大きくなるから…という事です。

 現に小4の次男も1年生のときは細く小さく、女の子みたいに可愛いかったのが僅か3年で富士見地区でただ一軒の濱野洋品店のみすぼらしい子供服の在庫では用の足りないほどに太り、かと言って池袋の東横百貨店では値が張り過ぎるという事で、今にも張ちきれそうなのを着せられてました。次男はこの時体重80キロのデブで、内股は股ずれで皮膚が擦りきれ、ジクジクと体液で濡れてました。
 小6の長男はと言えば、160センチ100キロ超えの体重で普通の紳士物では足らず、闇屋から手に入れた大柄な進駐軍の中古衣類を着せられていたので彼はいつも日本でいう国防色、アーミーカラーでした。彼は中1になってさらに身長も伸び、相撲の花籠から誘いがあったと聞きましたが「ふんどし一丁でケツ出すなんて、、、」と固辞したとやら。
 学校も良く出来て、有名私立中学校に合格したのですが制服が特別のさらに特別注文とやらの2割増しとかでおばさんは嘆いてました。
「おれ、こんなデブになる予定じゃなかっただに」ニキビで真っ赤な顔でボソッと言いました。
3年後、町内の大方の予想を裏切ることなく、3男坊も次男に迫る丈夫になったのでした。

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