こんな時だから 小池百合子

 ノンフィクション作家は常に二つの罪を背負うと石井妙子は言う。書くことの罪と書かぬことの罪である。
 事実を知っていても、それを語ることを憚る空気が充満し、何かを語ると大きな災禍が降りかかり不幸に巻き込まれるのではないか。とりわけ対象が権力者であればなおさら、の空気の中で、石井妙子は書かないことの罪をより重い罪と考えて、5月、『女帝 小池百合子』(文芸春秋社)を上梓した。

 この人の著作をコロナ騒ぎで外出不自由の中で続けさまに読んでいた。『原節子の真実』と『おそめ-伝説の銀座マダム』の二冊である。いずれもその徹底して綿密な取材と、事実を真正面から伝えようとする姿勢と筆力に感嘆した。
 実名がどんどん登場し、へえー そうだったのか、俺は何にも知らなかったのだなあと驚くやら、これまでの知ったかぶりを恥じるやら。こんなことまで書いて、名誉毀損で訴えられないのだろうかとつい余計な心配をすること再三。先にその二冊を紹介する。


原節子の真実 新潮文庫433頁
 高橋治の名著『絢爛たる影絵』で原節子は充分に分析されていると思っていたのだが、そうではなかった。
本書によれば「映画という浮世の世界との関わりを保ちながらも、そこの住人になることを拒み、世知辛く厳しい当時の日本社会の現実から目を逸らそうとしない性格の持ち主であり、敗戦後の日本と日本人の抱える不安や、心もとなさを冷静に見つめ、自分の意見を臆せず表に出すことのできる強さと勇気を持った女性である。」この作品を3年かけて書いた。


おそめ 伝説の銀座マダム 新潮文庫451頁
 昭和30年代バブルが始まる頃、銀座に「おそめ」という超高級クラブがあった、ということを聞いていた。川口松太郎が夜の蝶と名付けた女性たちが、政治家、財界人、マスコミ、文士、役者らを接待する店で、白洲次郎、水原茂も出入りしていたという。
 本書は京都木屋町に生まれた「上羽 秀」という女性の一代記。
 新橋での芸者修業をかわきりに、祇園の芸妓、木屋町おそめの開店(資金は大野伴睦が出した)、銀座進出、空飛ぶマダムの異名をとる(週一、伊丹-羽田を往復した)、エスポワールとのライバル争い、京都おそめ会館オープン、偽洋酒事件、文士・文壇の変質、常連たちの死(小津安二郎も川島雄三もこの中にいる)、71歳での結婚(相手の俊藤浩滋の前歴は怪しいが、その頃は東映プロデューサー/娘は藤純子のちの富司純子、その娘は寺島しのぶ/これだけでも興味津々)、昭和53年おそめ閉店、そして2012年死去。

 将に昭和の文壇史、銀座、祇園の歴史、映画界・演劇界の歴史である。我々安サラリーマンや社用族には無縁の世界があったことは知っていたが、これほどとは。
 裏話、覗き趣味満載、しかしこれはある種の歴史書でもある。何より取材から脱稿まで5年かけた本書は、各種の文学賞にノミネートされ単なる路悪趣味を越えた文学作品になっている。


女帝 小池百合子 文芸春秋429頁
 この人を絶対に都知事に再選してはならない。政界渡り鳥などと揶揄されるが、そんな政治家はごまんといる。いないのは、これほどの詐欺師、ペテン師、嘘つきである。読んでいて途中で投げ出したくなるほど気色が悪かった。ジジイ殺しを許してきた細川、小沢、小泉、安倍やオリックス宮内の罪は重いが、同世代としては何とも情けない。
 前二作で示した石井妙子の真実に迫る取材力を信じるなら(固く信じる)、学歴詐称はまったくその通りで、今や何かお土産を差し出したのだろうか、エジプト政府もカイロ大卒を肯定(証明ではない)する発言をしはじめた。引換えに著者は、周辺に不気味な雰囲気を感じるという。カイロで百合子と一時一緒に暮らした女性は身を隠したとも言う。
 確かにここまで暴かれたら、亡き者にしたいと考えるかもしれない。ハードカバーのこの本が、どれだけ読まれるか。週刊誌も本腰を入れて追い始めたようだが、知っていても書かないことの多い日本のマスコミに期待できるだろうか。この本が沢山のひとに読まれることが著者の身の安全につながる。百人を超える関係者の証言、三年にわたる取材、諸兄にもぜひ読んでもらいたい。
 都知事は石原、猪瀬、舛添と三代続けてスキャンダルを暴かれその座から滑り落ちた。いま百合子は自民党幹事長・二階に接近し、いつもの手口で危機のリーダー、強いリーダーを演じ、次には権力の頂点を目指す野望を示し始めた。
(2020.6.23)

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