こんな時だから 読書

 こんな時だから『源氏物語』に挑戦、という友人がいる。こちらにはとてもそんな勇気と根気はなく、いつも通りの濫読スタイルを続ける。だがそうは言っても、コロナ戦争の長期化も予想され、これまであまり関心を払わなかった世界にもテを広げざるをえない。


カニという道楽 ズワイガニと日本人の物語 広尾克子 西日本出版社
 「昔はカニなんか浜にころがっていた」、「カニなんか畑の肥やしやった、捨てとったで」浜の老漁師はそう言う。そんなカニ一枚に初セリで100万円がつく高級食材に変身させた男がいる。

 大阪道頓堀、「グリコ」の隣に赤いカニが脚を動かして客を招く巨大な看板がある。「かに道楽」を創業した今津芳雄氏こそ、カニを都会で食べさせることに成功した仕掛け人である。
 バブル時、山陰の浜坂、香住あたりへカニを食いに行くのはある種のステータスであった。しかしこの本を読むと果たしてあの時のカニは「地ガニ」であったかは相当に疑わしい。次々と出るカニ刺し、茹でガニ、焼きガニ、カニすきに感激して、産地を質す余裕も考えもなかった。
 「カニ」と言ったら、「タラバガニ、毛ガニ」と思っていた人、「カニ」が一大観光資源になり、日本の文化まで変えてしまったことに興味ある人には必読の書。


「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢 徳永京子 ぴあ
東京下北沢に「本多劇場」という「紀伊国屋ホール」と並び称される劇場がある。演劇に詳しくはないが、4年前、蜷川幸雄の主催する「一万人のゴールドシアター」で多くのシニアに交じって、「高齢者の夢」を演じた事もあるから、満更無関心とも言えない。
 客席に傾斜があって見やすいところ、役者の囁き声や息遣いまで届くところ、間口も奥行きも高さも充分あって、セットが組みやすいところ。見る側にも演じる側にも、客席368のこの本多劇場は極めて演じやすい日本一の劇場として、評価が高いそうだ。

 そしてこのほか、下北沢駅から5分以内の距離に、客席100~400の劇場を8つも作ったのが、この本の主人公本多一夫氏である。1934年生まれの彼の一代は数奇に富む。
 演劇青年、映画俳優、飲食店50軒のオーナーを経て、40歳の時、商売は劇場運営だけと決めた。芝居したい人を応援する側に廻ったのだ。これは私財で街を変え、日本の演劇界に変革をもたらした男の物語。柄本明、野田秀樹、宮藤官九郎らが彼の業績を証明する。


売春島 最後の桃源郷・渡鹿野島ルポ 高木瑞穂 彩図社
 2016年、伊勢志摩サミット(G7首脳会議)が開催された目と鼻の先に渡鹿野島という周囲7㎞ほどの小さい島がある。この島は江戸時代から、目的地に向けて進むのに程よい風が来るのを待つ「風待ち港」で、帆船で物資を運搬していた時代、物資の調達や船員の休息のため、船はここに停泊した。港の女の中には小舟で沖へ出掛けて商売した者もいたというから、売防法が制定される1958年までは、天下公認の男性天国であった。
 三重県・鳥羽に入社早々、休日を持て余した独身寮の仲間数人とこの小島に出掛けた事がある。何も知らぬ我々は、観光を兼ねて昼飯を食いに行くのが目的であったが、渡船で二、三分のこの島には、昼間からどことなく異様な雰囲気が漂っていた。翌日、先輩からは二度と行くなと説教された。
 今この島からは怪しげなネオンが消え、リゾートアイランドに変身中であるというが、果たしてどこまで過去を清算できるだろうか。


さいごの色街 飛田 井上理津子 新潮文庫
 1955年生まれの著者の勇気にほとほと感心する。よく最後まで殺されなかったと。インタビュー先は飛田遊廓と周辺で働くすべての人たちで、正攻法で会いに行く。暴力団の逆鱗に触れなかったのか、ヤクザに殴られなかったのか、警察の取り調べは受けなかったのか、楼の主が本当のことを喋ったのか、主役たる「おばちゃん」や「女の子」が本音を語るだろうか。
 著者はライターとして、飛田遊廓の江戸時代から現在に至る歴史を純粋に知り、書きたかったのだが、「女の来るとこ、ちゃうやろ、どあほ」と塩をまかれ、すごまれること度々。
それでも興味本位の週刊誌とは異なる彼女の真摯な取材を理解する人も少数ながら現れ、十二年に亘る迫真のレポートが出来上がった。
 「飛田」は大阪の新名所、超高層「あべのハルカス」の足下にある。既に故人になったが、飛田遊廓の中の酒屋で二年間働いた友人がいた。彼のオヤジは東京のある私鉄駅前で大きな酒屋を開いていたが、かねて酒屋の跡継ぎに学問は要らないという人物で、卒業もそこそこに、取引先の問屋と相談の上、大阪で修業して来い、と彼を当時最も過酷と言われた飛田の酒屋に預けてしまった。

 こちらはそのころ、三重県・鳥羽在住。近鉄線に乗れば2時間強の距離。何度か見学に行った。そこでの体験は別稿に譲るとして、彼は昼夜のない世界で走り回されていた。学卒もセントポールもかたなし。
 本書で最も衝撃を受けたのは、「女の子」は、昔は連れてこられたが、最近では進んで働きに行くという事実。街ですれ違う若い美人の何人かがそういう業界に抵抗がないというのは極めて不健全で気色悪い。
(2020.5.12)

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