列車が際立つ映画

 昨年のキネ旬ベストテンの邦画部門9位に、『嵐電』という地味な(多分)映画がランクされた。京都の四条大宮と嵐山、帷子ノ辻と北野白梅町を結ぶ僅か11.0kmの京福電鉄の愛称である。

 映画『嵐電』の存在を知ったのは、ベストテンが発表されてからであるが、そそるような副題もないそのものずばりの題名の映画に興味が湧いた。鉄道ファンとしては見なくてはならない。

 ということで、二番館での上映を心待ちにしていたのだが、今回のコロナ騒ぎに見事肩透かしを食らわされた。
映画館が閉じたわけでも、上映が中止になったのでもないが、あれもダメ、これも禁止の中で、映画館へ行くにはかなりの覚悟と勇気がいる。
 ここは次の機会を待たざるを得ない。
 そこで今週は口直しに、これまで見た映画の中から、特に列車が重要な役割を果たす記憶に残る劇映画をリストアップして、懐古に浸ることにする。

 ただし、誰もが思い浮かべる『終着駅』(1953年 米・伊 デ・シーカ)や、『旅情』(1955年 米・英 デヴィッド・リーン)は挙げない。

 邦画では『張込み』(1958年 野村芳太郎)にとどめを刺す。
鹿児島行きの夜行急行「筑紫」の一両を借り切って、80人のエキストラと大木実、宮口精二の刑事を乗せ、ぶっつけ本番で1,100㎞の一昼夜を撮った。
 車窓には琵琶湖の夜明け、日差しの眩い姫路城、ギラつく瀬戸内の海などが展開するのだが、興味は昭和30年代の夜汽車の光景である。
 新幹線登場以前、東海道・山陽道を西下する旧型列車の三等車は蒸し風呂のように暑かった。空気をかき回すだけの天井の扇風機、下着一枚になっても耐えがたい暑さ、したたる汗、べとつくような乗客の体臭、漂う煤煙・・・。そこにいるような臨場感、シナリオを書いた橋本忍は元国鉄マンである。駅の描写も乗客の様子も、走行音も警笛もすべて本物。そのはず、オールロケ。
 横浜駅で列車に飛び乗った刑事が30時間近くかけて、やっとの思いで佐賀駅に辿りつく。
メイン・タイトルが出るまでのこの12分間が白眉である。鉄道ファンは高峰秀子登場前のここまででもう充分。作品はこの年のキネ旬8位。

 次いで『天国と地獄』(1963年 黒澤明)。
東海道線の特急「こだま」に身代金を持って乗り込んだ三船敏郎が、犯人の指示によって洗面所の窓からそれを落とす。黒澤は東海道線の列車を借り切って、8台のカメラを同時にまわして、全ショットを撮ったという。
 一等車、ビユッフェと電話室、洗面所、車両の連結部、先頭車の運転室、後尾の展望車。主役の動きと車内に張りこむ刑事の動き。彼らの見た犯人の動き。ほんの数十秒の出来事をそれぞれの位置で同時に撮った。酒匂川鉄橋にかかり、渡り終えるまでの、この数分の緊張感、スピード感が堪らない。何度見ても興奮する。この年のキネ旬2位。

洋画ではポーランド映画『夜行列車』(1959年 イエジー・カワレロウイッチ)が忘れ難い。日本公開時、名古屋のATGで見た。

 夏のバルト海沿岸に向かう週末の夜行列車の一等寝台車が舞台。
だが役者らしからぬ普通の人たちが乗っているだけで、大袈裟な事件もトラブルも発生しない。だからドラマは展開しないのだが、この映画には、見終わって、清々しい幸せな気分にさせてくれる何かがあった。
それが何であるのか、ビデオでチェックしようと思いながらもまだ実行していない。
夕刻、昔の上野駅の構内のような首都ワルシャワ中央駅に四方から乗客が集まり、静かに列車は発車する。ジャンルでいえば群像劇。
 列車の走行音と震動に身を任せるうちに、やがて暗闇に。ざわざわした乗客の会話、仕事を持ち込んだ弁護士、通路で読書する不眠症男、ぼんやり暗闇に目をやる人…。やがて白々と夜が明け、終着駅に着く。そして乗客は三々五々、思い思いの方向に散ってゆく。
ただそれだけなのだが、この映画には、夜行列車特有のけだるい雰囲気が全編に横溢していて、列車好きにはたまらない。
 その昔、夜行寝台「伊勢」で三重県鳥羽を何度となく往復したことを昨日のことのように思いだす。不思議な魅力の映画である。
(2020.4.7)

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