戦争花嫁

「あたいもアメリカにいこうかなぁ」
「…あ?」
「アメリカはみんな金持ちだし!」
「じゃあ、パンパンガールになるの?」
「うん。Kさん家のお姉さん、アメちゃんのお嫁さんになってアメリカのハワイっていうとこに行くんだよ…おいしいアイスクリームがいっぱい食べられるんだってよ」
「ふーん…いいなあ…」

 南栄、谷合写真館のウィンドウに飾り出された米兵とパンパン嬢の写真を前に小学生の女の子です。
 昭和27・8年頃、うまいことオンリー嬢になれた女はそれが自慢でしたが、次つぎに結婚して彼女らのいう 「ステーツ」に渡って行きました。僕の知るだけで3指が折れます。その中には僕が欲しくてたまらないアメリカの本物の子供のジーパンとブーツを送ってあげるよと、わざわざ足型まで取って行ったお姉さんもいましたが、お母ちゃんと約束した近況を知らせるハガキすら届くことはありませんでした。
 戦争花嫁として渡米はしても、苦しい生活を余儀なくされ早々帰国したり、旅費の都合もつかず彼女らが夢にみた憧れの国でも、パンパンガールとして生きねばならなく、自ら命を絶ったお姉さんもあったと耳にしました。
 アメちゃんが皆、金持ちで女に優しいと思ってた己れが悪いのさ!ざまあ見やがれ、バカ女め!と彼女らを悪しざまに罵しる声も少なからずありました。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中