北組

 僕の第二小学校は各学年共にニ学級で、東西に分かれているのですが、入学時西組だった僕はニ年に進むと「北組」になりました。ただ卒業して何十年、同級生の誰もがそんな事は無かったと言い張りました。ところが古いアルバムからあの頃の写真と通信簿が見つかりました。それには担任の女先生の万年筆の綺麗な字で「第二学年北組」と。僕の記憶に間違いは無かったんです。そこには「校長.塩味富士太郎、受持ちの先生.高橋 花」とあり父.平輔38才、母.いね33才とまで記されています。
 北組の教室は氷川神社参道寄りの西のはじっこの薄暗い好きになれない部屋でした。
 それにしても何故西組を消し、北組が生まれたのか…七十年も前のこと、そんなことどうであってもいいのかもしれませんね。級友の誰一人として覚えていない事だし。
 この担任の花先生が「赤ちゃんが生まれるので」としばらく休むことになり、代わりに担任になったのが習字のおじいさん先生で、いつも自習で時々教室を出るといつまでたっても戻ってこず、僕たちには楽しくて仕方ない時間です。先生はオシッコが出にくい病気で、それには長時間を要したのです。担任になる前、先生が小便小僧見たいな格好で小便ポトポトやりながら目の前の小窓から運動場のドッチボスールをズーッと見てたのを覚えてます。その時は病気の事はしらず「ションベンなんかケチケチしないでシヤーと出しちゃえばいいのに!」と思ったのでした。

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