話題のドイツ映画『女は二度決断する』を考える


原題はAUS DEM NICHTS。外国語に堪能な友人が、英訳ならFROM THE NOTHING、日本語にするなら「何もないところから」とでも言うのかなと教えてくれる。
しかしこれがどうして『女は二度決断する』になるのか。
数々の受賞をした話題作であることを承知はしていても未見だった彼からは、このNOTHINGにどういう意味が込められているのか?
映画を観てじっくり考える。それから議論しようという嬉しい答えが返ってきた。

舞台はドイツ・ハンブルク。白人女性の主人公は移民政策に反対するネオナチのテロで、トルコ系移民の夫と一人息子を失う。警察は夫の闇社会の関係を疑い、母や義父母は思いやりのない言葉を浴びせる。やがて移民を狙った爆弾テロとして、犯人と目される二人が逮捕されるが、裁判では犯行の立証がなかなか進まない。弁護人同士の遣り取りも際立つ裁判劇でもある。
観客は次第に主人公に感情移入し、怒りも悲しみも頂点に達する。多分観客の多くは、“裁判じゃラチがあかない。眼には眼を だ!の心境だろう。自分もその一人。何の瑕疵もない家族をこういう形で突然失くして、警察も裁判所も、社会全体が味方になってくれないと分かったとき、人はどう出るか。
復讐を止めることはできるのか。さああなたならどうする?
この映画は見るものに「決断」を迫る。

この映画を別の友人と満員の映画館で観た。暗闇でお互いの表情は見えないが、姿勢や息づかいで反応は分かる。日頃は温厚な人だが、手を握りしめ、口をゆがめ、スクリーンを凝視する眼に力がこもる。暗闇でも気配で分かる。時として耳障りなスナックをほおばる音もストローを吸う音も今日は全く聞こえない。満席がウソのような静けさと張り詰めた雰囲気。やがて場内が明るくなる。フッと溜息をつく人、下を向いて黙々と出口に向かう人。グループで来ている人にも会話がない。観客の多くがラストシーンに衝撃を受けている。さてあなたならどうする?
(2018-5-8)

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