帰郷と帰省

帰郷は「故郷へ帰ること」、帰省は「故郷に帰って父母の安否を問うこと」だという。そのいずれにも該当しないが、年に一度は奥能登の一寒村を訪れる。他人にイナカは何処かと問われれば、躊躇なく能登、あるいは石川県と答えている。
いま輪島市に併合された門前町道下村に、家も繋がりの深い親類筋もなくなった。あるのは昭和十年建立の自然石の墓だけである。
奥能登の蒼い海を見下ろす高台に、辺りを払うかのように建つここが無類に好きだ。
13年前、これとは別に、このまま放置すれば、分散・風化して無縁仏になりそうな先祖の墓数基も一箇所にまとめて供養した。10年前には能登半島地震で倒れた墓石を、地元石材業者の手でいち早く立て直した。前田家から扶持をもらった道下村の三郎左衛門を初代とする十五代として、遠く離れたこの地を年に一度は訪れる。

10月28日、二年ぶりの墓参。何時来てもいいのだが、なるべく親父の命日の周辺を選んでいる。空路、鉄路、陸路、朝霞から輪島まで700㎞、旅好き人間として考えられるルートはすべて利用した。しかし最近は金沢に住む親戚の車を借りてここにやって来る。
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いくつになっても疎開していた頃を思い出す。当時5歳、日本で何が起こっていたのかを知らなかったが、貧しい生活だったことだけは憶えている。しかし裏山の堤に上りフナを捕まえ、海に潜って貝を獲ったことなど幼年の頃の記憶は消えない。いまは村の公民館になっている旧国民小学校の跡地さえ懐かしい。
人家のない道を歩く。村内を通過する車は滅多になく、たまに出会う村の人は怪訝そうな顔で、“今日は”と頭を下げる。限界集落の典型のようである。これから先、この町や村はどうなっていくのだろうか。自然に還るという壮大な実証実験の場でもあるように思える。
(2017.11.21)

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