希望か失望か 解散総選挙の茶番

今回の騒動を見聞していて、古典落語の名作『唐茄子屋政談』を思いだした。世間知らずの大店の若旦那が遣り手の女郎にはまって実家を勘当され、あげく女にも放り出されるという、あれである。
若旦那も若旦那だが、枝野幸男もだらしない。もとより思想信条、哲学・理念も違うのだから9月末の両院の議員総会がチャンスであった。
あの時に新党立ち上げを宣言すべきで、遣り手婆に袖にされたから出て行くみたいでみっともない。世間の同情などは瞬く間に消える。
与党の補完勢力などと揶揄されることのない堂々たる野党を、時間をかけてもいいから作り上げて欲しい。

今回のことで言いたいことは山ほどある。しかしマスコミで語られる以上の情報はないので、この間朝日紙面に現れた括目すべき論評、まったくその通り!異議なし!と膝を打ったいくつかを再録し、これを自分の意見に替える。

杉田敦 法政大学教授 政治理論
憲法53条には、内閣は一定数の国会議員の要求があれば臨時国会を開かなければならないとある。それにも拘らず安倍内閣は3か月も放置した。国権の最高機関である国会の審議機能を行政の長が妨害した。憲法違反である。
そして漸く国会を開いたら、何の審議もせずに冒頭解散した。解散権は首相の専権事項と言うが、憲法にそんな規定はない。

長谷部恭男 早稲田大学教授 憲法
憲法違反すれすれの無体な解散をした政党には、主権者国民がお灸をすえるしかない。政党は本来、理念や政策を共有する人たちの集まりで、選挙互助会ではない。
安倍晋三はリベラルな無党派層が、政治はくだらない、自分の受け皿は何処にもない、棄権するぞと思ってくれれば好都合と判断している。

池澤夏樹 作家
加計と森友で追い詰められて一方的に解散。そのうえで「国難」とはよく言ってくれたものだ。
安倍晋三は主題Aについて問われてもそれを無視して主題Bのことを延々とぺらぺらと軽い言葉で話す。Bについての問いにはCを言う。対話ではなく議論でもない。
野党の無力と与党の制度疲労の隙間から小池百合子が頭をもたげた。しかも彼女の「日本をリセット」と安倍晋三の「日本を取り戻す」は無意味という点では同じ。
選挙の原理は「少しはまし」ということに尽きる。理想の候補はいないとしても、誰かの名を書いて投票しなければならない。

高橋茂 コンサルタント
森友・加計の本質は国がなぜ国有地を安く売却したか、国がなぜ獣医学部の新設を認めたかの点にある。なのに、問題を追求する野党議員にネガテイブキャンペーンを仕掛けて炎上させ、言論を封じてしまう。どんどん先鋭化する空気を許してしまったのは安倍首相自身である。

青木理 ジャーナリスト
安倍晋三は大きな志もなく家業を継いだ単なる世襲政治家。若いころを知る人は、子犬がオオカミの群れと交わり、オオカミになってしまったと表現する。今回も「国難突破解散」と称して危機を煽る。政治家は老舗の和菓子屋や歌舞伎役者の世界とは異なる。世襲ばかりが増えて政治を牛耳れば民主主義をゆがめる。

三島憲一 大阪大学教授 ドイツ思想
安倍首相のように、自分の困難を「国難」と言いくるめて議会を解散し、民進党の前原代表のように一夜にして党を溶かす小手先のやり方が続けば、心地よげな一体化の幻想の中で排除と差別が助長されるだろう。
(2017.10.6)

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