濫読

最近本を読んでいない。これではいかんと系統立てずに手当り次第読む。


海と生きる作法 漁師から学ぶ災害観 川島秀一
本書の題名は「海に生きる」ではなく、「海と生きる」である。三陸のリアス式海岸は多くの魚が寄り来る天然の漁場であるが、その海岸は津波も寄り上がる地勢を有している。
津波に何度も来襲された三陸沿岸に生き続ける漁師は「海で生活」してきたのではなく、「海と生活」してきたのではないか。著者はそう考える。
海と対等に切り結ぶ関係を持っていなければ、今後もなお漁に出かけようとする心意気が生まれるはずがない。机上の高台移転計画や防潮堤の安全神話への根源的な批評でもある。


フクシマの荒廃 フランス人特派員が見た原発棄民たち アルノー・ヴォレラン
フランスの日刊紙特派員が福島事故の除染、廃炉作業に携わる労働者たちから原子力村の面々に至るまで、ナマの声をインタビューと取材でまとめたルポルタージュ。
廃炉現場に赴いた著者は「何も生産しない、何も建設しない」、引き算の労働を営々と続けねばならない無数の労働者に衝撃を受ける。
事故原因の解明さえ終わらぬうちに、再稼働と輸出を始めようとする日本の姿勢を批判する。


ゴーストマン 時限紙幣 ロジャー・ホッブズ
たまには文庫のミステリーをと「このミステリーがすごい!」で3位になった犯罪小説を読む。舞台はアトランテイックシテイ、シアトル、オレゴン、クアラルンプールと目まぐるしく、それに過去と現在が並行する。
最近ではカタカナの登場人物の名を覚えきれず、こいつは悪い奴か、いいやつだったかと何度も頁をひっくり返す。もうこのテの小説はムリだ。


騎手の一分 競馬界の真実 藤田伸二
当時まだ41歳、ダービージョッキーの藤田がなぜやめたんだろうと思っていたが、4年もたつと忘れていた。ところが平積みされた新書版を書店で見つけた。どうやら早々と引退した理由はエージェント制度を導入したJRAの体質に嫌気がさしたらしい。
いままでは、騎手自らが何とか強い馬に乗せてもらいたいと厩舎まわりをして、いつどの馬に乗るのか自分でスケジュールを管理していた。
そうした努力が実って馬主や調教師、厩務員、調教助手などと良好な関係を築いてきたのだが、エージェント(騎乗依頼仲介者、競馬専門紙の記者など)の登場によって、騎手と調教師の関係はすっかり希薄になってしまった。だから騎手は力のあるエージェントと契約を結ぶことが勝利の近道になってしまい、「馬七分人三分」と言われた世界が、いまや「エージェント十分」と言っても大袈裟でないと怒る。彼はエージェントに媚びて、頭を下げることなど真っ平だという。その他もろもろ、いまある問題を見て見ぬふりをするJRA がすべて悪いと決めつける。


唐牛伝 敗者の戦後漂流 佐野真一
60年安保闘争時の全学連委員長、唐牛健太郎の数奇な生涯を描くノンフイクション。

・1937年  函館生まれ
・1956年 北大教養部入学
・1959年 全学連委員長就任
・1960年 4月国会突入を謀り逮捕、北大除籍
6月樺美智子さん国会デモで死亡
・1962年~82年 田中清玄。堀江謙一。新橋「石狩」。与論島。紋別で漁師。徳洲会。
・1984年 47歳で死去

早すぎた死だが、我々世代のある種の英雄。樺さんが死亡した6月15日、彼は獄中にいたが、当時の我々立教生は先鋭的に対決する警官隊とデモ隊を遠巻きするような位置にいた。死者が出たというのは帰宅後、テレビで知った。あの頃は学校に行っても授業はなく、連日丸の内線の地下鉄で清水谷公園に行き、国会・銀座方面へのデモに参加していた。
新聞には慶応生や立教生までもデモに参加したと報じられたが、明治、早稲田、中央などの精鋭の前ではおとなしい存在であった。

佐野真一のノンフイクションは、『東電OL殺人事件』を畢生の名作と考えているが、数年前、橋本徹の人物論で一時挫折した。久しぶりの本作には、同時代の政治家、財界人、右翼、左翼、芸能人、マスコミ人が多数登場して飽きさせない。
(2017.8.2)

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