映画監督と時代

早稲田・大隈小講堂で開催された映画監督が「映画と時代」を語るシンポジウムを覘く(4月22日)。
木下恵介の『陸軍』(1944年松竹)の上映後、パネラーに森達也、ジャーナリストの野中章弘、切通理作、ロックミュージシャンPANTA氏らが登壇する。国策に沿った映画しか作ることが許されなかった時代に木下恵介はどのように自分の作品と向き合ったのか。日本が戦争のできる普通の国になりつつある今、映画監督はどのように時代と向き合うべきなのかを考えようというわけだ。
早稲田大学ジャーナリズム研究所が主催するシンポなのに、会場に学生の姿が見当たらない。早大生にしてからがこうなのかと些かがっかりするが、会場を埋める高齢者からは安倍政権の露骨な右傾化を指摘する声が相次ぎ、束の間連帯を意識する。
昨年の同じ会では、小栗康平、荒井晴彦両監督が“反戦映画であっても、戦闘シーンはアクション映画になるから僕らは撮らない。非戦の日常を撮りたい”と言うのを聞いてなるほどと思った。
今年は、日本映画は被害者の視点から作られたものが多いが、ドイツ映画は加害者の視点で描いたものが多いという森達也監督の指摘になるほどそうだったのかと認識を新たにする。

折から、池袋・文芸坐では「映画に刻まれたナチスの爪痕」シリーズと銘打ったドイツ映画が上映されていた。未見の二本を見る。


手紙は憶えている
Remember 2015年 カナダ・ドイツ アトム・エゴヤン
家族を殺したナチスへの復讐の旅にでる90歳の老人。50年前サウンド・オブ・ミュージックでトラップ大佐を演じたクリストファー・プラマーの演技は芝居か地か。


アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男
Der Staat Gegen Fritz Bauer 2015年 ドイツ ラース・クラウメ
過去の清算に消極的な政府と旧ナチ党員の妨害の中で、孤高の検事長フリッツ・バウアーはどのようにアイヒマンを追い詰めたか。

二作品とも記憶に残る質の高いサスペンス映画であった。
田谷英浩(2017.6.6)

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