節ちゃんのおべんと

節ちゃんの家は駅前富士見通りの中ほど火の見櫓の隣、三登洋服店です。
クラスで一番小さな子でしたが常にかわいい風体で、何よりも別嬪さんでした。
いつも他の女子には叶わないお尻の見えちゃう短いスカートで、どう見たって“東京の子”でした。
きっとお金持ちだったんでしょう。お弁当を持って来られない子もあったのに
彼女は銀しゃりと呼んだ白米飯に煮豆やら玉子焼、佃煮なんかのおかずの弁当でした。
二年生のある日、いつも弁当を持って来られないよし坊が彼女の弁当を目を盗んで失敬し、
北の便所と呼んだ氷川神社参道側の便所で食べてしまったのでした。
多くは麦の勝っためしに日の丸弁当、もしくはたくあんといった粗末なものでした。
でも節しゃんはにこにこして許してあげたのです。
それがいけなかったが、よし坊はその後も何度か節ちゃんの弁当を盗み食ったのですが、
さすがの彼女も“こわい”といって泣きました。
後にわかる事ですが、よし坊は弁当もそうだが、何よりも節ちゃんの気を引きたかったのです。
その後よし坊と私は彼が売血による何やら病に冒され30前で若くして死ぬまでつき合いがあった。
よし坊の墓は東円寺にあり。
金ちゃんの紙芝居

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