ぶっつけ大工の息子F・K君

F・K君は南栄にパンパン小屋をいくつも建てた、ぶっつけ大工の洋ちゃんの息子でぼくと同い年です。
家族が毎月とっていた平凡とか明星という芸能界を主としてあつかった雑誌で“君も明日は銀幕の☆”の文句につられ芸能学院入学を決めた。
面接で試験官に「若い日の林長二郎に似ているね」とスター間違い無しの太鼓判を押されたとかで一緒にいたおっ母さんは大喜びで世間にふれまわった。
それは特別入学で所定の入学金と一年分の月謝を一週間以内に治めることの条件をのんだのですが、F・Kは友達の誰よりも色白でぽってりと太り徒名は“白豚”、そいつが長谷川一夫の若き日に似ていると言われたのだから田舎の町は大驚き。
大枚を都合し、入学、数か月後には田舎臭い中学生が派手なアロハにクリーム色のズボン、白黒コンビの靴に化粧道具人揃入ったカバンを下げて歩くようになった。
当然学校は早退の日々。太い眉は富士山形に剃り、まぶたは薄青くぬり、小脇には映画の台本とやらを抱え「もうじき、映画に出るんだよ」なんて得意だったのだが。
日本舞踏だ、タップダンスだ、歌唱指導だとさらにお金がかかり、そのあまりのかかりようにとうとう洋ちゃんもおっ母さんも音をあげ、半年後、学院に出向いて相談をと思ったがすでに倒産でもぬけのから。
何でも当時の金で35万円を巻き上げられたとのことでした。大金です。
当時、六畳と三畳台所の一戸建新築で30万円で建ったのです。父が庭の一部をつぶし、貸家はの二軒これを建てたのですから間違いありません。
当時、似たような事はいくつもあったのです。芸能界で花を咲かせたいという人間を食いものにしていたのです。郷では山を売り、田を売り……、子供の為にすってんてんに成った事例はいくつもあったのです。
F・K君のその後?全くわかりません。ただ、数年後熱海の大きい旅館の舞台で裸の女を相手にいかがわしい踊りをしていっとのうわさが流れたが……もちろん確かなことではありません。
金ちゃんの紙芝居

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中