蜷川幸雄のゴールド・シアター2016(6最終版)

2016年12月7日、10,000人の観客が見守る中、高齢者の群集劇『金色交響曲~わたしのゆめ きみのゆめ~』はさいたまスーパーアリーナで上演された。
年末の朝日新聞:回顧2016・演劇の部では「演劇の懐の深さと演者の可能性を見せつけた巨大群集劇」と高く評価されていたから、芝居の完成度はともかく、今年の演劇界に話題を提供したことは間違いない。

思い返すと6月28日の説明会に始まり、12月7日の本番まで、稽古に18回通った。でもこれは少ない方で、単独にセリフを割り当てられた人などは30回くらい通ったのではなかろうか。
会場は埼玉芸術劇場の大ホール、音楽ホール、大稽古場であったり、さいたま市の総合体育館であったりした。
着るものも半年の間に、白の半袖シャツから黒の長袖、黒のセーター、黒のズボンと黒一色の本番衣装に変わった。

ほぼ1グループ200人位に分けられた8グループの高齢男女の出演者が指定された稽古日に集合し、自分の受け持つパートの歌、踊り、セリフの稽古に励む。
みなさん大変楽しそう。演出家の指示に素直に従い喜々として声を張り上げ、ステップを踏む。しかも集合時間の一時間前はザラで、人によっては稽古場の開く前から来ているという。
昔からの知り合い同士のように振舞っているのは圧倒的に女性陣。白の衣装に胸のゼッケンをなびかせながら嬉しそうに動き回る。そして貴方のお名前は? などと言いながらこちらを覗き込む(やれんなあ)。
まだまだお婆さんとは言いにくい色香の残る豊満な60歳台と思しき女性も多く、男性陣はやや押され気味。ニナガワさんの狙いだったという「高齢者がもっと外に出て輝いてもらいたい」という願いはおおむね達成されているように思える。

何度かの全体稽古を経て、ようやく本番前日、アリーナでの通し稽古となった。会場の広さに驚く。これまでの体育館の二倍はある。緊張感がみなぎる。すべての動作にスピードと正確さが求められる。しかし振り返ってみると、この日の5時間に及ぶ稽古が一番面白かった。ここで漸く芝居の全貌が分かった。他のグループの動きを通しで見て、初めて1時間45分のストーリーが理解できた。それにしても他のグループの演技量の多さと完成度の高さに驚いた。あっちに入れられなくてよかった。

さて芝居はシェークスピアの悲劇「ロミオとジュリエット」を下敷きにした新作戯曲。アリーナのフロア一面が舞台で、出演者全員がロミオとジュリエット役である。我々グループの出番は、第一幕:両家の争い、第三幕:死・悲嘆・朝、第五幕:エピローグ。

いよいよ本番当日。巨大なアリーナの客席、前4列に座っている出演者は出番が来るとゾロゾロと列をなしてフロア(舞台)に出る。稽古場では体験できなかった眼も眩む照明と大音響の音楽に一瞬たじろぐが、落ち着いて躓くことなく歩を進める。
客席に陣取る知人、友人のオペラグラスの視界に入らないことを祈りながら、行進し、騒ぎを起こし、相合傘に相方を引き入れ、身体を揺らす。観客にとって圧巻は最後の場面だったろう。1,600人の出演者全員が「ボレロ」の曲に合わせて渦状に行進し巨大な輪を作る。客席、特に高いところからは見事だったに違いない。やっている方もこれが最期と張り切る。北朝鮮の軍隊の行進かマスゲームも斯くの如しか。

こうして県の施設を使い、プロの演出家(ノゾエ征爾、小川美也子)、プロの役者(本家ゴールド・シアター、ネクスト・シアター)、プロのスタッフによる全力のサポートを受けて、ニナガワさんの目論んだ高齢者の参加型イベントは終了した。一説に事業費1億3千万円を計上したとの話もある。そうかもしれない。長期にわたって拘束されたスタッフの数は半端じゃないし、稽古場の使用料や本番会場費も厖大なものであろう。参加費や入場料、プログラムの売り上げだけで採算の合うはずはなく、県議会が見直すべきだとの声を挙げたのもあながち的外れではない。

しかしここで得られたものは限りなく大きそうだ。定量的な判断は難しいが、まず1,600人が等しく以前より肉体的にも精神的にも元気になったと断定できる。近所の公園やスポーツクラブで身体を動かすのとはレベルが違う、結構ハードなトレーニングであった。
稽古前のラジオ体操に始まり、繰り返される稽古中の整列動作、歩行、ダンス…。それも稽古場では階段を上り下りして舞台と客席を何度も往復する。時として床に座り込む人も見受けたが、大多数は立ったまま、この2、3時間の訓練に耐えている。
元運動家かと思われるような人もいるが、よくぞこんな事に参加したもんだと感心するほど腰の曲がった老人もいる。目的を持った人の執念は凄い。こうして1,600人の健康と生きがいに強い影響を与えた事に疑問の余地はない。

交通機関も潤ったはずだ。日頃JR武蔵野線や埼京線に縁遠かった人も、これを利用せざるを得なかったし、稽古日には臨時のバスも運転された。参加者の中には新幹線で軽井沢や高崎から通った人もいるというし、宮崎県からの参加者などは長期間、浦和でホテル住まいをしていたときく。一生に一度は舞台に立ってみたい。一度は芝居をしたかった。こんな思いの人が相当数いた事は事実である。彼ら彼女らはこのイベントが続く限り、毎年参加し続けるに違いない。
終演後、観客の拍手鳴りやまぬ中で、多くの人が涙ぐみ、辺りを憚らず泣いていた。やった!という満足感と、充実感を味わったのだろう。

「世界の蜷川の遺作」と「高齢社会」がキーワードになって、多くのマスコミが取材に殺到した。そして自分の動機と目的“1万人集めて何をしようとするのか? 参加してその一部始終を書いてやろう”は斯くのごとく達成できた。
さらに言えば、芝居の作り方がよく分かったこと、演劇が好きでたまらない若者の意外に多いことも発見できたし、制作スタッフの将にプロらしい仕事ぶり、誠実で正確な劇場スタッフの仕事ぶりに心底感心もした。得難い体験と充実の4か月であった。
田谷英浩 (2016.12.20)

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