為朝霞エンディングの会

それが大好物であるも子供時分はバナナもカステラも高価で何かでないと口にできなかった。時々浅草の母が実家に遊ぶと内孫に内緒で祖母は吾妻橋の松屋のスポーツランドに遊ばせてくれ、バナナとカステラを隅田川のベンチで「たんとおたべ」といってくれた。また無性にバナナが食べたくなると僕は仮病をつかった。隣りの朝霞病院長は何でもないと言いつつも「安静にして好きな物を食べさせて」に、僕の「バナナとカステラ」に母は池袋まで行ってくれた。というのは朝霞駅前通りにバナナを置く店は無かったし、カステラも銀霞堂といふ和菓子にはあるが東都松屋デパートの“本物長崎かすていら”には遠く及ばない代物でした。
好物を食って病気はケロリ全快。もっとも端っから仮病である訳だが不思議なことに院長さんがお尻に体温計を入れるとちゃんと熱が上がってくれたものだった。
赤飯も好物でしたが、これまた何かの祝い事の時しか口にできなかったが、僕は膝折の老舗・喜楽屋のを好んだ。
余所のは小豆の腹が割け赤飯を汚したり、飯が柔らか過ぎたり、強すぎたり、飯の色は赤と白の斑だったり。ひどいのは食紅をぶっかけ小豆を散らしたという粗末もあった。
喜楽屋のそれは小豆がちゃんと豆の形ままであり、その赤い煮汁は均一に飯を染め、他店のは黒ごまが振られているが、ここのは金ごまで、そこはかとなく上品な気がし、僕の好みでした。加えて飾りかそれとも何かの約束事か、必ず南天の葉が添えられて、その色どりも好ましく、さらに金色に光る“切りいか”佃煮が少し入っていて楽しかった。僕は子供のくせに赤飯は喜楽屋と決めていた。
ちなみに喜楽屋のそれは小豆ではなく“ささぎ”もしくは“ささげ”と呼ぶ小豆よりはやや小粒の豆だったが、これは煮ても茹でても腹が割けないらしい。

バナナは池袋西口のゆう文水菓子店で求めたと母から聞いたが、その際母の着物や帯がバナナに変ったことを後年になるまで知らなかった。その質店の名は聞きそびれた。(平28.ゆう文は営業している)
金ちゃんの紙芝居

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