日本近代化の光と翳

若干ものものしいタイトルであるが、今年2月シニアサークル「頼れる大人の会」で学習したテーマである。
その時は、近現代史研究家の高山憲行氏に来ていただいて、明治維新から先の大戦まで、日本が辿った近代化の軌跡を足尾銅山の鉱毒問題に重ね合わせ、その光と翳を学んだ。
光とは産銅量日本一を誇った古河鉱業の鉱山事業であり、翳とは日本の公害の原点とされる鉱毒事件の発生である。
足尾は首都圏からはさほど遠いところではないが、シニアが車を連ねて行くには躊躇するし、新幹線利用では高くつきすぎる。
で、浅草から東武特急と「わたらせ渓谷鉄道」に乗るという名案をひねり出し、10月7日「大人の社会科見学=足尾銅山」として催行した。

紅葉にはまだ早く、周辺には観光客も銅山見物客も見当たらない。
まずはトロッコ列車で坑道内に入り、江戸時代の手堀から始まる坑内作業を、機械化された昭和に至るまでを見学する。鋳銭座という展示館では寛永通宝などの製造工程を眺める。
約400年間にわたって掘られた足尾銅山の坑道総延長は1,200㎞を超えるそうで、足尾が日本一の鉱都と呼ばれる所以を知る。
しかし残念なのは立ち入れる範囲が非常に狭いことで、かつて体験した夕張炭鉱や常磐炭鉱は言うに及ばず、伊豆の土肥金山の坑内めぐりにも及ばない。
ただ最盛期には人口40,000人を超えたという足尾の町並みの再現や古河鉱業の創設者古河市兵衛の業績をつぶさに伝える「足尾歴史館」の展示品には目を見張った。日本の近代化に果たした足尾の役割と歴史:光と翳 正と負が過不足なく展示されていて、館長のユニークなガイダンスもあってこれは非常な見もの聞きものであった。
足尾の現在の人口は約3,000人、ピーク時の1/10以下であるが、周辺には精錬所跡を含め、見るべき産業遺産が豊富に点在している。2年前に完成した記録映画『鉱毒悲歌』の存在も知った。これはぜひ見たいと思うし、現地ももう一度訪れたい。
田谷英浩(2016.10.12)

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