鱓の歯軋り

「ごまめの歯ぎしり」と読む。広辞苑には【力のない者がいたずらにいきりたつこと】とある。
リニア中央新幹線については、まさにこの通りで本稿でも不要論を、2010年3月を皮切りに2013年9月、2014年5月と三度書いた。もとより山梨実験線に乗っているし、500㎞/h運転も体感した。しかしそれとこれとは別である。リニアを日本の大動脈に導入しようとする合理性をどうしても理解できない。
リニアの目指すべきはBRICS諸国への輸出ではなかろうか。そのためには克服すべき多くの技術課題がまだあるはずで、現在の山梨実験線では短すぎる。航空機に近い構造のリニアが16両編成で、トンネル内で頻繁にすれ違うというような状態の実験を行えるのであろうか。
今からでも遅くない。気象条件で圧倒的に不利な北海道に実験線を建設し各種の実験を繰り返すべきではないか。
後述するが、もはやJR東海の単独事業は無理である。北海道経済の活性化とJR北海道救済のためにも、かつて国鉄が競合脱線のメカニズム解明のために、旧根室本線の狩勝峠で実験を繰り返したごとく、北海道の大地でデータを取り、世界に誇る技術を確立すべきである。

メデイアにも経済性、環境破壊、交通体系などの面から時として批判的な論調も現れたが、概して、日本の技術は世界一、夢のプロジェクトみたいなJR東海の発表を肯定的にそのまま報じたものが多い。
ところがここにきて有力な批判論者が現れた。環境経済学者の上岡直見氏。同氏の近著『鉄道は誰のものか』(緑風出版)を読むと、事業性、物理的な危険性、事故時の対応、そして東京一極集中を排す国づくりなどの面から、多面的にリニア中央新幹線を論じ、厳しく批判している。少し長くなるが、以下の指摘は技術面に疎い読者も納得するだろう。

曰く「リニア新幹線そのものに乗車している時間は、現行新幹線に比べて確かに短縮されるが、利用者はリニアの駅間を移動するだけでは目的を達せず、真の出発地から到着地まで、駅とのアクセス時間も加えた総所要時間で評価する必要がある。
例えば、神奈川県内からの利用の例として、神奈川県庁から大阪府庁まで用務で移動すると想定する。想定されるリニア神奈川県駅(JR横浜線橋本駅)からリニア大阪府駅(JR新大阪駅)までの駅間の所要時間は103分と想定されているものの、前後の在来線や地下鉄によるアプローチ時間を加えると、総所要時間は現新幹線利用で198分、リニア新幹線利用で196分となる。
これは1964年に東海道新幹線が開業した際の劇的な時間短縮効果とは全く異なる。」と指摘する。

しかも仮にこれが実現するとしても、30年後のことであり、民間会社JR東海は自主事業としながらも、早くも公費投入が不可避な様相を呈し始めている。安倍政権は経済対策の目玉にリニアを取り上げ、国債の発行で3兆円を調達し超低金利でJR東海に融資するらしい。
安倍政権に限らず、表紙を替えただけの民進党も、いま日本の喫緊の課題は、憲法問題、安全保障問題もさることながら、本格的な少子高齢化社会に向かう中で、子供の貧困、高齢者の低年金など社会保障問題にあるとの認識では一致している。ならば極端になりつつある格差社会、分断社会を放置したまま、リニアにのめり込むのは順序が違うと言わざるを得ない。

文字通り「鱓の歯軋り」であるが、上岡直見氏の指摘するリニア新幹線の負の側面のいくつかを紹介して、うっぷんを晴らすことにする。

技術的合理性がない
・リニアには現新幹線の成功体験は通用しない。
・リニアは過去の蓄積がなく、利用者を実験台にした試行錯誤にならざるを得ない。
・リニアの基本技術はすべてメーカーが握っているため、トラブルが起きた際の対処はメーカー任せとならざるを得ない。この体制は原子力と似通っている。
・リニア新幹線では過度な高速性を求めた結果、現東海道新幹線と比べて車体が小さい(断面積70%)にも係わらず、大きなトンネル(断面積120%)を必要とする無駄の多いシステムである。

事故時の対応に不安がある
・ルートのほとんどが大深度部と山岳部の長大トンネルである。短時間で運転再開ができない場合、利用者をどのように地上へ誘導するのか。
・脱出口に到達しても、水平距離2㎞、高低差300mの坑道を人力で登攀することになる。仮にトンネル外に脱出できても無人の山中である。救援のバスや緊急車両も容易にアクセスできないから、航空機が山中に墜落したような状態が発生する。

このほか本書は、最大の難所とされる25㎞の南アルプストンネルは“掘ってみないと分からない”とコメントしたJR東海の発言や、厖大な建設工事に伴って発生するCO2排出はリニアの環境に対する優位性を失うものと指弾する。
極めつけはコスト削減のため、中間駅には待合室もなく、売店も置かないという内部資料である。鉄道ファンとしては、こういうのを「鉄道」と呼びたくないし、日本の鉄道網の一部とも思いたくない。                
田谷英浩(2016.9.24)

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