蜷川幸雄のゴールド・シアター2016(4)

いよいよ稽古が始まった。生前の蜷川幸雄さんが“65歳以上の出演者1万人大募集”をブチ上げてからかれこれ10か月。
その後、65歳以上が60歳になり、1万人が1,600人ほどになったが、出来上がってきたパンフレットには、上演作品名『金色交響曲 わたしのゆめ きみのゆめ based on Romeo & Juliet』、チケット発売日10月10日、前売料金3,300円(当日料金3,500円)とある。こんな素人芝居に金を払ってまで観に来る奇特な人がいるとは思えないが、出演者の家族を含めるとそれでも1万人くらいの観客は集まるかもしれない。

聞きつけた友人知人の中には義理もあってか、観に行くよと言ってくれる人もいるが、今のところ平にご容赦と断り続けている。他人に見られたくない。ただ惹句“前代未聞の大群集劇”と言うのは本物のようで、いい歳をした爺さんばあさん1600人が演出家ノゾエ征爾さんの指示のもと、舞台上を右に左に、前に後ろに一糸乱れず移動したり、ピタリと動きを止めたり、嬌声や罵声を臆することなく発するサマは見ものと言えるかもしれない。

9月9日、「動きを中心とした稽古」に参加する。
会場はさいたま芸術劇場大ホール。演劇、ミュージカル、オペラ専門の776席の客席はすでにして満員。主催の事務局からは、4回設定した稽古日の内、最低1回は参加することを義務付けられている。とすると1回の参加者は400人内外のはずだが、どうやら二度、三度と稽古に通う熱心な出演者が相当数いるらしい。(やれんなあ)

さて演出助手は客席に向かって、右半分は白着用、その後ろは黒、左側はその逆、真ん中の列は…と用意してきたシャツの着用を命じる。客席に巨大なオセロが誕生する。ついで6つに分けられた1グループ100人くらいの出演者が演出家の求めに応じて順次舞台に上がる。

「黒の人たちは舞台に座り込み、二人一組で将棋か囲碁をしている格好をしてください」、「白の人は老人ホームで寝ている人、介護している人に分かれてそれらしく動いて」、「男女数組のペアを作って、ホーム内をパトロールする雰囲気で歩いて」、「何人かで駅前でアジ演説をする人、聞く人になってください」。 さあはじめて!
何処の誰やも分からない人たちが、これだけの指示で動き出すのだから吃驚というより恐れ入る。よほど飲み込みがいいのか、芝居をやりたがっている人たちなのであろう。
舞台上はワイワイ、ガヤガヤと大喧騒。演出家は「もっと騒いで!ピタッと静かになって!」と意のままに制御する。「動きを見る稽古」とはこういう事なのか。オーケストラの指揮者と演出家は一度やったら止められない職業というが、確かにそうらしい。

さて自分の番になった。舞台に上がってその大きさに驚いた。国内最高レベルの広さというのは本物のようで、舞台の最前部から、一番後ろまで何十メートルあるだろうか。これを走れと言われたら、一往復で確実にダウンしそうだ。舞台から見る客席の何と小さなことか。
我々のグループに課せられた「動きの稽古」は男女がペアになってダンスを踊るというもの。もとより女性の参加者が多いので、女性同士のペアも誕生する。幸か不幸か側にいた大柄の女性とペアになったが、「左手を合わせて高く上にあげ、男性は女性の腰に手をまわし、左に一、二、三 右に一、二、三と動いて!」と指示が飛ぶ。ダンスの名手らしい相方は“ハイ、いち、にい、さん”とリードしてくれるのだが何となく照れくさい。
暗いところでのチーク・ダンスならヒケをとらないと自負してきたが…。この女性にリードされるまま、数十分の苦痛に耐える。「ペアをほどいて、男性は舞台の後ろにゆっくりと下がって!
女性はサーッと舞台上手に集まって!」つぎつぎ指示が飛ぶ。
ウチにいるなら孫の相手か昼寝の時間帯なのに、元気な老人たちは喜々として舞台上を飛び廻わる。(やれんなあ)

9月15日、「セリフの稽古」。
7月の稽古で台本を一行読んだが、その中から特に印象に残った方やもう一度セリフを聞かせてもらい方をお呼びしたとある。
その時は『俺の名を呼ぶのは俺の魂、夜に聞く恋人の声は銀の鈴のように甘い』とこれだけ。こんな事で何が分かるかと思うのだが、一応何かの基準でパスしたらしい。パスしないよりはましなので、素直に「セリフ」の稽古に参加する。
会場はさいたま芸術劇場小ホール。すり鉢状の客席300くらいのオープンステージ。そこに集められたのは約80人。スタッフに聞くと、セリフの稽古は6回というから、400、500人の人たちがオーデイションに参加することになったらしい。多分今回の結果を踏まえて、セリフの割り振りが決まるのだろう。

ロミオ役の男どもは舞台上に、ジュリエット役の女たちは観客席に。それぞれ40人くらいが位置につき、一人ひとりが指定されたセリフを読み上げる。
棒読みする人は誰もいない。みなさん情感たっぷり、ゼスチュアたっぷりに大声を張り上げる。ロミオは下から上を見上げて、ジュリエットはバルコニーから下にいるロミオに向かって。
今回のセリフは『傷の痛みを知らない奴は、他人の傷をあざ笑う』。とただこれだけ。こんな日常会話にない言葉を喋ることに一瞬戸惑うが、演出家は「真直ぐ歩きながら、もっと大声で!」と三度やらされた。セリフは個人で言う場面、グループで言う場面、出演者全員で言う場面があり、油断する暇はない。
演出家は出演者のセリフを聞きながら、セリフに修正を加え、動きを指示する。出演者側にはアドリブを入れる豪の者もいるが、「台本のままで! ちょっとやり過ぎ!」とダメを出される。

演出家の頭の中では構想が次第に膨らみ、固まってゆくのであろうが、我々一人ひとりには、依然全体像は分からない。
月末の全体稽古は本場の会場に近い広さの体育館でやるそうで、全員の参加が義務付けられている。突如現れたこれだけの人たちを運ぶために、当日は最寄り駅から臨時バスが出るという。騒ぎは大きくなってきた。(やれんなあ)
田谷英浩(2016.9.17)

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