蜷川幸雄のゴールド・シアター2016(2)

応募者の総数は1,928人だったそうである。人前で演じてみたい、感じた事を叫んでみたい、思ったことを大声で言ってみたい、こんな思いを抱く60歳以上のシニアが14グループに分けられて、いよいよ稽古が始まった。
1グループは平均130人くらいなのだが、自分の参加した7月15日午後の回は約100人、男女比は3:7である。知る顔はひとつもなく想像するしかないが、男性はサラリーマン上がりというより、自営業者のイメージが強く体格も立派な人が多い。一方女性陣はというと、直ぐにも踊りだしそうな体型の4、50歳台にしか見えない若作りの人から、どこから見ても老婆という印象の人まで様々。男が単独参加ばかりなのに対し、女性は仲間やグループでの参加が目立つ。

集合を指定された「さいたま芸術劇場」の稽古場は器具類の置かれていない学校の体育館のような広さ。その壁際に100脚ほどのパイプ椅子が並べられている。集まりはじめた参加者(出演者)は空席を見つけて勝手に座る。主催者側は演出のノゾエ征爾さん以下20名近いスタッフが既に待機している。
これから何が始まるのか、何をしようとするのか誰も知らない。まず全員がフロアに集められる。両手を広げ、身体を回して他人とぶつからない広さを確保する。天井を見上げ床に大の字に寝る。脚を上げよ、腕を伸ばせ、右を向け、左を向け、身体をゴロゴロ回せ。身体を動かす度に、イテテッ!あいたた!ウーンとうめき声が上がる。立ち上がってラジオ体操。まずは身体をほぐすことから始まった。

次に全員が壁際に戻って100人の輪を作る。前の人の肩に手をのせて、最初はゆっくりゆっくり歩く、少し早く! もっと早く!うんと早く! 次第に汗ばんでくる、息づかいも荒くなる。ストップ! 
“稽古場の中心を通って反対側まで、他人とぶつからないように歩け!” 渋谷のスクランブル交差点をすり抜ける要領である。
“すれ違いざまに立ち止まらず挨拶せよ! 往復したら今度はすれ違う人と喧嘩せよ!”無茶な指示が続く。
極め付けは稽古場の中心に向かった歩きながら、“大声で嘆け!大笑いせよ”
事情の知らない人がこの光景を覗いたら、間違いなく狂った老人集団か気ちがいの集まりと思うに違いない。

演劇は非日常の世界であるという。フツーの人から常識を取り去るためのステップと考えよう。バカバカしい、とてもやってられネーという気持ちを一刻も早く取り除くことが必要のようだ。驚くべきは参加者全員がなんの疑問もなく、指示を忠実に実行していること。ここにいる人たちはこういう事をやりたかったのだと気づく。ここまでに約一時間。

次にいよいよ稽古用テキストが手渡される。ロミオのセリフ6行とジュリエットのセリフ10行が用意されていて、稽古場の中央に16人の男女が向かい合う。
割り当てられたセリフ1行を読み上げるだけなのだが、棒読みする人はいない。以前から練習していたのと訝るほどの、身振り手振り、ゼスチュアたっぷりに情感を込めて大声を発する。驚くべきことだ。
自分の担当は、男3ロミオの部分と指定される。『俺の名を呼ぶのは俺の魂、夜に聞く恋人の声は銀の鈴のように甘い。』と、これだけなのだ。しかし突然これを情感たっぷりにやれと言われても戸惑う。女1ジュリエット『ロミオ、ねえロミオ!』に応えて読み上げるのだが、全く知らないおばさんが、目の前に現れて『ねえ、ロミオ!』などとやられると、ふき出したくもなるが先方は大真面目。慌てないで『俺の名を呼ぶのは・・・』とやらざるをえない。
吃驚するほどうまい人、とちる人、100人もいるのだから上手下手はともかく、一人ひとりのキャラクターが現れて、稽古場は笑いの渦。だんだん楽しくなってきた。
蜷川さんの狙いはこんなところにあったのかと一瞬思う。
帰り際には次の稽古スケジュールと参加費の振込用紙を渡された。もう逃れることはできない。
田谷英浩(2016.7.25)

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