義太夫と渡邉喜之さん

日ごろ博識をひけらかしているが、こと古典芸能の世界になるとまるで分かっていない。まず浄瑠璃、義太夫、常磐津の違いが分からない。そこに文楽、清元などが加わると頭はパニック状態になり逃げ出したくなる。
しかし次女の嫁ぎ先の義父渡邉喜之さんが玄人はだしの義太夫語りとなると、ご免なさいでは済まなくなった。
最初はおそるおそる、こわごわ神楽坂の毘沙門天の会場を覗いた。語る内容は理解できなかったが、三味線を伴奏楽器とした劇中人物のセリフやその仕草、あるときは大音声を張り上げ、あるときはさめざめと泣く。これが膝に孫を乗せて嬉しそうな何時もの好好爺とはとても思えない将に芸人の姿であった。
爾来、親戚縁者として義理で行く段階を脱し、今では公演を心待ちするようになった。

6月25日、浅草鳥越神社内の白鳥会館。ユニークなのは手動式回り舞台であること。高い屏風を背にして次の演者は、現在演じている演者の背後に正座して出を待つ。二組の演者を乗せた回り舞台を、若い衆がギイーっと手動で回転させる。舞台と客席を仕切るカーテンはない。演者はソデから出てくるわけでも、下からせり上がってくるわけでもない。何やら田舎の芝居小屋にいる雰囲気で思わず顔がほころぶ。
今日の語り物は『絵本太功記・尼崎の段』。ご本人の案内状には「太十に始まり太十で終わる」とまで言わしめる名作中の名作とある。喜之太夫もいつにもまして汗みどろの大熱演。血圧の上昇を心配するほどであった。

落語の傑作に『寝床』という噺がある。親戚縁者はとうに逃げ出し、嫌がる店子や店の者に無理やり義太夫を聞かせるという迷惑な旦那芸を桂文楽、三遊亭円生、古今亭志ん生が演じていた。
まさにこうした世界なのだが、今では逃げ出すどころか知らなかった世界を知ることで、自分もまた成長できたと大いに感謝している。
田谷英浩(2016.7.3)

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