あれから5年、フクシマを語る映画と写真展

2年前、『漂流するフクシマ』と題した朝霞での映画・朗読・写真展の実行委員会に加わった。そして今年も3・11がやってきた。

双葉町前町長の井戸川克隆さん

現在、放射能の影響を懸念して埼玉県には約1,200人、300~400世帯ほどが自主避難している。朝霞市内にも100人くらいの人がいると思われる。
時間が経つにつれ、政府から避難指示の出ている強制避難の人とそれ以外の自主避難の人とでは抱える問題や悩みが微妙に異なってきた。“戻れる家があるのに何故戻らないの?”“避難者はいいわね、お金がもらえて。” すべての避難者に東京電力から高額の賠償金が支払われているという誤解と、あろうことか周囲のやっかみと冷たい視線。

ここにきて自主避難者も強制避難者も国は事故の幕引きをしたがっていると感じはじめている。特に自主避難者は、孤独や孤立、原発離婚という言葉さえあるほど家族は分断されている。そのうえに住宅の無償提供は来年3月で打ち切ると発表された。国は復興の加速と帰還促進を目指すのだという。
一方強制避難者も除染は済んだ、もう帰れると言われても自宅の周囲はあの黒いトン袋(フレコンバッグ)。これに囲まれた中でまともな生活ができるわけがない。帰還者が一割にも満たずコミュニテイも成立しない中で、放射線量の解除目安を下回ったというだけでの帰還促進は無茶苦茶である。

国は東日本大震災の復興費用に32兆円という巨費を投じつつある。これは被災者一人当たり約6,800万円に相当する。しかしその99%は土木建設工事で、被災者の生活支援に直接支給されるのは1%にすぎない。ようやく復興は防潮堤や高台造成地の建設だけでいいのかとの声が上がり始めたが、もはや手遅れ。始まった公共工事は止められない。
乱暴だが一人ひとりに6,800万円を手渡して、これからの生活再建は自分で考えろとしたらどうなっていたか。遊興や賭け事に費消される特殊な例外は別として、住民は集落ごとに集まって知恵を出し合い、自治体レベルで自らが満足できる復興計画を作り上げたのではなかろうか。そんないくつかの例を耳にする。

こんな問題意識の中で、3月12日、13日の両日、映画『日本と原発 4年後』の上映と『ふるさとは今』の写真展、そして地道に避難者の現状をリポートするライタ―吉田千亜さん、いわき市から毛呂山町に避難している河井加緒理さん、双葉町から朝霞に避難している熊川多恵子さんに来ていただいて『ふれあいトーク』と題するパネルデイスカッションを開催した。会場の市立図書館の視聴覚室は沈黙と涙とため息、そして怒り。会期中の来場者は延べ1,000人超。われわれにできることは限られるが、今後も広い意味での支援活動を続けたい。

最近の朝日歌壇から3首。

帰れねえいまさら解除といわれても口惜しいけれどもう帰れねえ赤城昭子
帰りたいでも帰れない原発禍帰らぬと決め涙溢るる 荻原大空
漆黒の墓石のごとく立ち並びどこへも行けぬフレコンバッグ 荻原葉月
事故から5年、長引く避難生活、関連死の増加、家族間の分断、状況はますます複雑化している。
田谷英浩(2016.4.21)

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