にいくらの銭湯

にいくらの銭湯。S27年頃
川越街道大畑質店向かいにあった銭湯。
我が家の風呂がこわれ、父に連れられ初めて行った新倉(ニイクラ)の銭湯。
この湯は薬湯ではない汚れで溝色を呈していた。そればかりではない。
「あか」が浮き、異臭を放っていた。さらに驚いたのは「玉子とじ」がされていたこと。
帰宅後、父は栄団(緑ケ丘)に銭湯を造ることに決め、一年後みどり湯を開業したが小さな湯屋で男女一日交代だった。
学校から戻ると父に夕食を運び、そのついでに番台にも座らされた。
そして閉店後は脱衣場にモスグリーンのパッケージ、米軍放出のDDTを撒いた。
父は毎日湯を払い、湯舟はせっせとみがいた。
「玉子とじ」=赤ん坊が気持ち良さにうんちをしてしまうのを、その色と形態からこうよんだ。
が、三助さんが来て扱い取るだけで湯を代えることも無かった。
誰もそれにとやかく言う者は無かった。
金ちゃんの紙芝居

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