ハードボイルドの第一人者逝く

小鷹信光さんが12月8日、膵臓癌のため亡くなった(79歳)。新聞報道によれば今春に癌が発覚したが、すでに手術ができない状態にまで進行、仕事に集中できないと治療を放棄して緩和ケアのみを受けていた。最後まで自宅で過ごし、“なすべきことはすべて終えた”と言ったという。まさにハードボイルドの第一人者に相応しい最期である。

小鷹さんとの接触は、今は亡き須永誠一君の紹介から始まった。二人は早稲田大学ミステリークラブ時代の仲間で、こちらが「頼れる大人の会」の講師探しに奔走していた頃に紹介を受けた。
しかしこの世界で超のつく有名人が果たして我々のような小さな会に来てくれるだろうかと最初は半ば疑っていた。ところが挨拶に伺った所沢のご自宅でも、須永君は本名の「中島クン」を連発していて、二人は極めて親しい間柄であることが分かった。

さてその所沢のご自宅であるが、これには吃驚を通り越して度肝を抜かれた。一万冊を超えるという1950年代からのアメリカのミステリーを中心にしたペーパーバック(パルプマガジン)、アメリカ映画の関連図書とプログラム、ポスターの山、膨大なゴルフ雑誌とコレクションの数々、しかもそれらすべてが英語版。マニア垂涎のお宝が所狭しと、しかも整然と並べられている。まさに図書館の閲覧室。この中に数日居続けたとしても飽きは来ないだろう。小鷹さんはそんな中からビンテージものを取り出し、嬉しそうに解説してくれるのだが、こちらはハメットの『マルタの鷹』、チャンドラーの『大いなる眠り』を翻訳本で読んでいる程度で全く相手にならない。
しからばゴルフではと、“日本の都道府県全部でプレーした”と宣言してみたが、“俺はあと二州で全米制覇だ”と言われ全く歯が立たない。挙句、“アメリカにはアリゾナ州、ニューメキシコ州、ユタ州、コロラド州の州境が一点に集まる「フォーコーナーズ」というところがある。俺はそこで麻雀をやった。”と四州の各州に一人一人が陣取って雀卓を囲む写真を見せられてギャフン。世の中にはもの凄い人がいるものだと感銘を受けた記憶がある。

こうしたご縁をきっかけに、その後「頼れる大人の会」や「企業OBペンクラブ」での講演をお引き受けいただいたほか、紀伊国屋での講演会、代官山蔦屋でのトークイベントなどで何度かお会いした。講演会の帰途、酒を呑まないクルマ好きの先生にウチまで送ってもらったこともあったが、昨年10月お会いした時には“まだまだ元気だよ”と笑顔だった。しかしそれが最後になった。

「ハードボイルド」とはそも何ぞやを記して小鷹信光さんへの追悼としたい。ハードボイルドとは直訳すれば、固茹で玉子。俗語では食えない奴、手強い奴を意味し、その後、見掛けだけはタフな奴、突っ張った奴、鼻っぱしの強いゴロツキとなり、現代では「情け知らず」、「冷酷」な探偵ものの代名詞となった。
ハードボイルド小説はダシール・ハメットの「マルタの鷹」(1930)を嚆矢とするが、日本に輸入されたのは1946年。この年が日本のハードボイルド元年と言え、双葉十三郎氏が「ハードボイルド゙」というカタカナ英語を用いてレイモンド・チャンドラ―の「大いなる眠り」を紹介した。

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最後に小鷹さんの挙げるハードボイルド小説№1は
マルタの鷹

映画は
三つ数えろ
役者はハンフリー・ボガート。襲撃映画(ドロボー映画)

ベスト3も挙げておく。
アスファルト・ジャングル(1950 ジョン・ヒューストン)、

現金に体を張れ(1955 スタンリー・キュブリック)、

男の争い(1955 ジュールス・ダッシン)。

(2015.12.14)

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