春の遠足

小三の春のえんそくは“としまえん”です。下赤塚まで電車、あとは徒歩です。川越街道を渡ると白壁のある大きな“白滝”といふ呉服店の裏手に出て、はるか遠方の森が目的地です。白滝の裏手はすぐに畑でその先が田んぼ。ちょうど田植えの頃でした。ぼく達は流れに添った農道を往きます。遠足の前夜は興奮して眠れません。みんな目をしょぼしょぼさせてますが、元気いっぱい歌を口づさみます。辻々には神様がおられました。早起きして作ってくれた母のおべんとうがだれものリュックに入ってます。ぼくは“うまきん”と“おいなりさん”“うでたまご”“バナナ”“ビスケット”“一粒300メートルのグリコ”それに水筒の水。だいたいだれも似たりよったりですが、中には普段のアルミの弁当に“麦めしとたくあん”の子も居ます。お母ちゃんはそういう子を知ってて、「お昼は〇〇ちゃんに分けてあげな。でもだれにもわかんない様にするんだよ」ぼくはその通りしましたが、70年遺った今、彼はそんなこと全く覚えてません。“うまきん”はぼくんちだけの呼び名で、“太巻ののりまき”です。何でそう呼ぶか。“馬の〇〇〇〇”の如太いからです。母の口から「今日のうまきんは特別おいしいよ」と持たされました。

お弁当は大きな楠の下で食べました。楠の若葉ば薬香の如、清々しい香りを放っています。皆はおにぎりですが、僕は”うまきん”にかぶりつきます。今日の「恵方巻き」です。あの頃この地には恵方巻などありません。又節分にかぶりつく風習もありませんでしたが、母は何故それを知っていたのか。かんぴょうが入り玉子焼が入り、桜でんぶ、しいたけ、ごはんには白ごまがまぶしてあって、ぼくはお母ちゃんって“うまきん”上手だなと思いました。おいなりさんは、あぶらげを裏返した白いのが、皆は珍しくて食べたがりました。うでたまごは殻がむけた頃は手の汚れでまっ黒ですが玉子は玉子です。ちり紙に包んでくれた塩をたっぷり付けて食います。塩分言々なんて誰も何も言わなかった時代です。

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