碌山美術館と新宿中村屋

一見なんの共通項も無さそうな両者に深い繋がりを知るのだから読書は止められない。
新宿ベルエポック
『新宿ベル・エポック』(石川拓治著)で多くの知識を得る。
松本駅から大糸線で10駅先「穂高」の近くに、教会を思わせる小体な建物がある。
禄山美術館
それが碌山美術館、付近は安曇野のワサビ田が有名で、多くの観光客はそちらに向かい、この美術館はいつも比較的空いている。有形文化財に登録されている形のいい建物を写生する日曜画家の方が多いのではと思えるほどに美術館の外観は美しい。
白馬や上高地への行き帰りに何度か訪れているが、荻原碌山という彫刻家について、東洋のロダンと称されるという以外の知識は無かった。
荻原碌山(おぎわらろくざん)、本名は守衛(もりえ)で碌山は号である。この号の由来が面白い。夏目漱石の『二百十日』の登場人物、碌さんが大いに気にいっていた守衛は、やがて当時の仲間、高村光太郎や藤島武二らから「オイ碌さん」と呼ばれるようになり、その「オイ碌さん」が碌山になったのだと言う。

さて新宿中村屋、創業者は碌山と同郷信州安曇野の相馬愛蔵・黒光夫妻。創業者などと書くと、それなりの企業のように思えるだろうが、明治35年の開業当時は夫婦二人で始めた東京帝大前のパン屋にすぎない。
明治42(1909)年 新宿の支店を現在地に移し本店とする
それから100余年、昨年10月真新しい新宿中村屋ビルが完成した。その3階「中村屋サロン美術館」には碌山の代表作『女』をはじめ、日本の近代美術史に名を刻むいくつかの作品が展示されているという。相馬夫妻は今で言う芸術家のパトロンとして、明治、大正、昭和期の若い芸術家を育てた。名物「純印度式カリー」をいただきながら、芸術を鑑賞することにしよう。(2015.8.7)

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中