仙石線全線再開の日

仙石線 (1)
5月30日、4年2か月ぶりにJR仙石線は全線で運転を再開した。それに乗りに行った。
東日本大震災により、松島湾岸を走る仙石線の被害は甚大で、押し流された車両や駅舎の痛ましい光景は今も記憶に新しい。
仙石線は宮城県の二大都市、仙台と石巻を結ぶ幹線でありながら、なぜか地方閑散線の臭いがする。宮城電気鉄道という私鉄から生まれた発生史ゆえか、仙台市内を地下で通過する地下鉄のような都市近郊線ゆえか。いずれにせよ仙台-山形間の仙山線の方がよほど乗客も少ないのだが、山寺と言う有名観光地を抱えていて知名度はあちらの方が高い。
しかし長女の嫁ぎ先の実家が石巻市ということもあって、いずれもう一度や二度はこの線に乗る機会はあるだろうと思っていた。
まさかこんなことになるとは思ってもいなかったが、大震災は仙石線を長期の運休に追いやり、特に高城町-陸前小野間約10㎞の線路、駅舎を完全に流失させ、市民の住む土地をも奪い去った。
従って仙台、石巻の両方向から順次復旧した仙石線ではあったが、この区間は最後まで代行バスによる輸送が行われていた。
被災地の人には誠に申し訳ないが、去年から代行バスに乗ることを目的にした鉄道旅をこれまで三度やった。山陰本線の奈古-須佐間(19.8㎞)、只見線の会津川口-只見間(27.6㎞)、そして今回の矢本-松島海岸間(17㎞)である。

さて仙石線で最後に復旧したこの区間は駅や線路を内陸側の高台に500m以上移す大工事が完成し、真新しい路盤を新製されたハイブリッド気動車が高速で駆け抜ける。
この日、沿線の各地では各種のイベントが催され、復興を祝ったようだが、駅舎も真新しい野蒜、東名駅頭での歓迎ぶりは凄かった。住民総出とまではいかないまでも、駅頭を大漁旗や幟が埋め尽くし、ぎっしり満員の乗客も手を振り、叫び、目頭を押さえる感動的な光景が展開された。派手な色のシャツを着たTVのレポーターも走り廻る。見ているだけではつまらない。こちらも列車交換のホームに降りて歓迎陣に加わる。数十年前、多分全国各地で展開された新線開通時の賑わいはかくの如しと思われる。地元住民は鉄道の開通は喜ぶが、みんなマイカーを持っているから鉄道には乗らないと、その頃聞いた。しかしここは仙台-石巻の幹線ルートである。よもやそんなことにはなるまい。(2015.6.8)

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