朝霞畸人会と大ニセモノ博覧会

郷土史家のAさん、キャラクターデザイナーのIさん、朝霞の戦後風俗を紙芝居で演ずるTさんと共に「朝霞畸人会」を立ち上げた。去年の2月『市民が集めた朝霞の歴史展~米軍基地があった時代~』で中核的に働いた面々である。
年齢は50代から70代、これまではお互いによく知らない同士の朝霞市民および元市民であったが、この「朝霞市基地跡地の歴史勉強会」を通じて肝胆相照らす仲になり、その後も市民活動のいろいろな局面で協力し合うことになった。
そうなるといつもの例で、このグループに名前を付けたくなる。それを目的の一つに今年も数回会っているが、四人に共通するのは普通の人と何処か何かが違うこと。それもかなりの範囲で。
生まれ育ちや趣味嗜好、生活様式、行動基準など違って当たり前だが、それにしてもフツーの人と何かが違う。知識や知恵も半端じゃない。しかもお互いにそれを自覚し認識しているのだから、やっぱり変人の集まりと言わざるを得ない。
例えばAさんは田谷家のルーツは「能登の畠山氏」にありと古い文書に当たり始めたし、Iさんはバッジを作ろうと言い出したし、元服飾デザイナーのTさんに至ってはユニフォームを作りかねない。こういう人たちである。だからグループ名を「奇人会」か「変人会」にしようと提案しても誰も異を唱えない。最終的には「奇」は「畸」にすべきであるというTさんの主張が通って、無事命名は終わった。

さてこうなると、会として発会式を兼ねた行事が必要になる。いろいろ考えられる中から我々に最も相応しいイベントとして、国立歴史民俗博物館で開催されている「大ニセモノ展」を見学することにした。

4月28日、“ニセモノ展を見に来たのだが、ホンモノの入場券をください”などと下らない駄洒落を連発しながら佐倉市の博物館に入る。
フェイク、イミテーション、コピー、レプリカ…怪しげな意味を持つ言葉だが、こうしたニセモノの中にも存在する意味はあるのか。食品偽装、ニセブランド、研究者の捏造事件、我々のまわりは金儲けのためのニセモノが溢れている。
薄暗い館内のショーケースに収納された池大雅や谷文晁の山水画や屏風のニセモノ、安南陶器や天正大判のホンモノとニセモノ。博物館でも見破れず展示し続けたという旧石器時代の捏造石器などを眺める。
館内はTV「何でも鑑定団」に強く影響を受けていると思しきおばさんたちが老眼鏡を更に近づけて、鑑定士気取りで食い入るように眺めている。
いままであまり深く考えなかったが、博物館にはレプリカが必須であることを納得した。展示用として、資料の劣化を防ぐ目的としてレプリカは重要なのである。

帰途は意外にも八重洲口へ直行する快適なバスの存在を知り、夕刻東京駅着。その後の行動はご想像の通り。(2015.5.14)

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朝霞畸人会と大ニセモノ博覧会」への2件のフィードバック

  1. 田谷のルーツは水戸市田谷町、相模の国愛甲郡、石見の国益田市、千葉市曽我、紀州紀氏(吉宗の旗本、田谷力三の)、中でも水戸田谷町発祥が多い(源氏頼信流、秀郷系常州江戸氏、平氏常陸大じょう氏系、平氏石川系、等が有る)戦国末期田谷城が攻め入られ、結城に逃げ、結城は家康長子秀康を養子に迎え、越前の柴田勝家、丹羽秀長の跡地を治領し、移った為、それに付いて行った。だから田谷は石川県、富山県、新潟県、飛騨に有る。又そこから各地に広がった!。

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