『琉球独立論 琉球民族のマニフェスト』松島泰勝著

昨年9月、スコットランドがイギリスからの独立を求めて住民投票を行った。J・ボンド=ショーン・コネリーが独立論者として賛成票を呼びかけたのにはイギリスの近代史に疎いので大いに驚いた。
琉球独立論

本書は石垣島生まれの著者が琉球王国誕生から今日の沖縄県に至る歴史と、独立論が当然の帰結であると詳述する論争の書である。
琉球(沖縄)の独立は確かに非現実的であるように思えるのだが、長期的に見ると日本の本質的国益にかなうと著者は言う。「琉球が独立することで、日本も真の意味で独立することができる。これまで日本(本土)は抑止力として期待する米軍基地を琉球に押し付けることで基地による犠牲を回避することができたが、琉球が独立することで米軍基地を自らが負担することになる。
そうなると日本国民は否が応でも日本がアメリカの植民地であると認識し、他国の軍隊を自国領から追い出そうとする運動が全国的に展開される。日本から米軍という占領軍が消え、不平等条約である日米地位協定も廃止して、日本は独立を日本人自らの手で勝ち取ることができる。」「琉球人は侮辱される民族のままでいいわけがない。人間としての尊厳を回復するためには琉球は独立しなければならない。」「“沖縄”とは本来沖縄島という一つの島の名前であり、琉球を形成する島々の一つでしかない。」著者は熱く独立論を展開する。

さてこの重く頭の痛い著作を読んでいる最中に二つの出来事があった。一つは辺野古新基地建設計画をめぐる日本政府対沖縄県知事の交わることの無い会談が始まったことである。日本(沖縄)にこれからも米軍基地の存在する必然性があるのかという基本問題はいったん脇に置いて、注目したのは翁長知事が持ち出した

日本語の使い方。『粛粛』と言う言葉に沖縄県民に対する日本政府の傲慢な態度と侮辱を感じると言う。確かに『粛粛と進める』と言えば、法律にのっとり、異論に惑わされることなく、間違いなく進めるから黙って任せろ みたいなイメージはある。
いつの頃からか政治用語化し、地方議会においてさえ、『真摯』などとともに使われ始め、あまり程度の高そうに見えない議員がこんな言葉を連発すると聞いている方が気恥ずかしくなる。『真摯に取り組む』と言えば、超真面目にやりますというイメージでも与えられるとでも思っているのであろうか。

もう一つは天皇陛下のパラオ慰霊。戦後70年、高齢の両陛下を駆り立てたものは何であったか。「我が軍」、「八紘一宇」が飛び出す現政権である。天皇はアメリカと一緒に戦争したい安倍政権に大いなる危惧を抱いているのではないか。
パラオへの出発にあたり、直立不動の首相らを前に「太平洋に浮かぶ美しい島々でこのような悲しい歴史があったことを決して忘れてはならない」と述べた。TV画面を見る限り、暴走する首相に訓戒を垂れたように見えたし、翌日の新聞各紙の論調は陛下を利用した政権に対する牽制球にも思えた。
権力側が圧力と懐柔でマスコミを抑え、マスコミが戦わず萎縮している現状は異様であり危険である。
(2015.4.18)

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