学校のこと町のこと、少々-3

井戸屋馬頭観音様の向いにあった井戸屋は夏はアイスキャンデーを売り、冬は焼芋を商った。今、“栗よりうまい十三里”なぞいうがここでは古いそれはそれは汚い壺に“八里半”の紙がはられていた。確かな解説は覚えてないが、栗(九里)より上の意らしい。 「十三里」言々は明治後のおとで、それ以前は「八里半」だったとものの本にある

エーンヤコラ!新築建ての土がためです。親方の合図 で重石のロープを引くのは近所のおばさん 達です。おばさん達も力を合わせるために 歌をうたいます。 父ちゃんのためなら“エーンヤコラ!”とやってから あとは思い思いにアドリブです。 「今夜の晩メシ、何にしよ」と誰からやると 「すき焼なんかが食いたいね」と返せば 「そんなくらしはいつくるの」と笑う。 赤ちゃんを背にした人は殿のつな、なんでも 一番楽なのだそうな。仲間の思いやりがつたわる。

キリン堂薬局三角の立派な立看板は大きく「ルーデサック・衛生サック」と。この看板はS28年頃は立っていた。ちなみにこの薬局はH26現在同地(池袋東口)にあり。この種の立看板今ではほとんど見られません。朝霞でも駅前通りは野本助産婦と種六という種屋位いではなかったでしょうか。

あんまのたかのさんそのお乳の出が悪いとか、乳が張るとかのお母さんは、銀霞堂前の路地に居た、あんまの高野さんにちちもみをたのみました。実際に施している場をみたことはありませんが、有効だった様です。母は肩こりがひどく、ぼくはよく高野さんを呼びに行きました。 あんまさんは母の肩に日本手拭をかけ、必ず「つかまらせてもらいます」と頭を下げてからもみりょうじ(揉み療治)にかかります。そして町の様子を話し続けました。ぼくはいつもこの人“見えてんじゃねえの”と思ったものです。

天ぷら学生押売りの多くは“苦学生”を売る。同情し求めたゴム紐は一日ともたずのび切り、マッチは着火せずですが茹で玉子がこの天ぷら学生の専売特許古い廃棄寸前の玉子を超安値で求め茹で値を上げて売る。買うのは家なし宿なしのこじきパン助と言われる女達です。電柱によりかかったままパクつく。「ねえ、苦学生!塩はロハだろ!」「はい。特別無料です」

二本指のマドロス「ゆんべ横浜に着いた。船乗りだよ」と縞のシャツと裾の広がった白いスボン、錨のマークの帽子の男、実は疑い物の押売りでスイスの時計、イギリスの服地、ブラジルのコーヒー、ドイツの刃物、アラジンの魔法のランプなんていうのもあって…我が母も父に背広地。もちろん耳にはMADE IN ENLANDの文字。を購入したが、用尺も足りず、ドンゴロスとか呼ばれた粗末な布で、まんまと騙された。何しろ母の所に数時間もねばった男をぼくはマドロスさんということで興味を覚え、左でが親指と小指だけを問うたところ「遠い??北の海で海賊船と戦い青龍刀でぶっとばされた」と。詐欺師の口はぼくを酔わせた。もちろんマドロスもでたらめ

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