奥能登プラス4_赤字ローカル線

赤字ローカル線
金沢への往路飯山線、復路只見線を旅程に組み入れた。勿論既に乗っているのだが、それも遠い昔になった。久しぶりに乗りたい。

飯山線(越後川口-豊野 96.7㎞)
スクリーンショット 2014-12-07 15.08.08

直通する列車は日に一、二本。来春の北陸新幹線の開業でさらにどんな影響を受けるのか。
飯山線は大正5年、飯山鉄道により豊野側から線路が敷かれ、昭和4年全線開通、同19年国鉄が買収した。長野-新潟を結ぶ最短路線であるが、信濃川の蛇行に忠実に寄り添う線路はスピードを出せず、今でも96.7㎞を走るのに4時間以上を要している。

Iiyama_line_and_Iiyama_Station_home

キハ110系列車は小さな曲線と勾配の連続する線路を、キイキイ、チイチイとフランジ音を響かせながらノロノロ進む。速度計の針は25㎞~40㎞/Hを指したまま。飯田線ほどではないが、駅間距離も3㎞程と短く、豪雪期間ならともかく、特に見るべき景観もなく退屈極まりない。最近は何処にでも出没する鉄ちゃんもさすがにここでは見かけない。
と突然、巨大な構造物が目に飛び込んできた。北陸新幹線の「飯山駅」である。超過疎の村々を行くのんびりムード一転、東京のど真ん中に引き戻されたような違和感を覚える。前の座席に投げ出していた足を思わず引っ込め、居住まいを正さざるを得ない様な気分にさせられる。
赤錆びた非電化線路の上を跨ぐ新幹線の高架と駅舎の途方もない大きさ。数十年前、岩日線(現錦川鉄道)をやり、新岩国で山陽新幹線に乗り換えたときに感じた気分を思い出した。
北陸新幹線はこの先、信越本線の脇野田駅を「上越妙高」と駅名を変更し、直江津を無視して糸魚川に向かう。突如姿を現した要塞のような新幹線仕様の駅舎と、軒先に渋柿がぶら下がる農村風景、なにやら過去と未来が混在しているようでもある。

只見線(小出-会津若松 135.2㎞)
スクリーンショット 2014-12-07 15.07.21

只見線は紅葉の美しさと雪景色の見事さで常に鉄道路線の上位にランクされている。しかし2011年7月の新潟・福島豪雨災害により多くの橋梁、路盤が流され、只見-会津川口間27.6㎞はいまだに不通で、復旧にはこれから4年、85億円かかるとの試算もある。今この区間は代行バスで接続されている。
Tadami_Line_No.3_bridge

周辺人口からすれば廃線になってもおかしくないのだが、鉄道に並行する国道は冬季通行止めになるため、新潟県の魚沼地区と福島県の只見地区を結ぶ唯一の交通手段として生き残っている。

小出駅を13時10分に発車したキハ40系列車は、標高760mの六十里峠に挑むためにエネルギーを温存するかのようにノロノロ進む。やがて晴れていた空があっという間に曇って、粉雪が舞い始め、本降りの雪となる。数日前から降っていたのであろう、雪下ろしをする農家も散見される。ここは日本有数の豪雪地帯なのだ。車窓の右に左に展開される雪山が美しい。やがて在来線では5番目の長さだという6,400mの六十里越トンネルに入る。
大白川-只見間の駅間距離は20.8㎞、山手線をゆうに半周する長さである。それを31分かけて走る。そして只見駅。慌ただしく代行バスに走り込む。
今夏乗った山陰本線の代行バスはJR中国が用意した立派なハイデッカーバスであったが、ここではどこかの福祉施設から借りてきたような20人乗りのマイクロバス。そんな侘しいバスに乗客は5人。一様に押し黙ったまま一時間後、会津川口駅に到着。
5分後に発車する会津若松行き列車に急き立てられる。駅周辺を撮ったり、見回す余裕もない。
Tadami_Line_in_Winter_Japan

ここからは雪景色一転、山々にまだ紅葉が残る美しい奥会津の景観となった。もともと田子倉ダムなどを建設するために引かれた線路で、災害の危険とは隣り合わせだったのだ。
新潟側に比べるといくらか増えた乗客を乗せて、列車は17時20分会津若松駅着。135㎞4時間の旅であった。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中