木曽御嶽山

御嶽山に登ろうとしたのは何時頃だったろう。アルバムのINDEXから年月を探り当て、当時の手帳を引っ張り出す。ありました!ありました! 1976年の7月30日から8月3日まで、御嶽山麓王滝口の民宿「住吉荘」に二泊、開田高原の「ロッジ開田」に一泊している。今から38年も前のことである。
三女奈津子はまだ二歳、そんな家族五人に、友人家族二世帯が加わり、総勢13名で一応山頂を目指した。
でも本気だったのだろうか。写真を見ても全員ハイキング程度の軽装で、誰ひとり登山の格好をしていない。
むろん、噴火の恐れのある火山であるといった知識を持ち合わせていなかった。実に無謀なことを考えたものだ。
写真を見ながら当時の記憶を辿る・・・。思い出したぞ! 目的は既にいない家人の両親が信仰した御嶽講の霊神碑を御参りすることにあった。神仏の世界に疎い自分は、家人に言われるがまま夏休み旅行の行程に御嶽山を組み込んだのだ。
Mount_Ontake_from_Tanohara_1997-06-01

「林道黒石線」という有料道路を走り、7号目の「田の原天然公園」(2,180m)に車を置いた。そこから山頂(3,067m)までは指呼の間に思えた。むずかる奈っちゃんを背負って、ここまで来たのだからと歩き出した。まだ若かった。
Kakumei_gyoja

ところがここは山岳信仰の山。深田久弥は『日本百名山』の中で、道が白く見えるくらい白衣装束の信者が続くと書いているが、将にその通り。今で言う高齢者集団―爺さん、婆さんが続々と狭い山道を下ってくる。山は上り優先だなどと喚きたいところだが、登山に趣味があるとは思えない人たちに、そんな言葉を投げつけるわけにも行かず、しばしばというか頻繁に立ち止まる。
標高差800mの上りの一本道、すれ違いのためにしょっちゅう立ち止まるのは辛い。さっぱりペースがつかめない。やっと8合目に達する頃は気温も下がり始め、ビーチが似合うこんな恰好では危険だ、引き返そうという常識も働き7合目の駐車場に下りた。天候が変われば、13人の命が危険に晒されたかもしれない。
Mount_Ontake_from_Kabutoiwa_(2014-10-04_s2)

今回の噴火による火山活動の歴史を見ると、3年後の1979年には大規模な水蒸気爆発があった。(2014.10.10)

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