俊平クンの野球

孫の成長を2006年11月と5年後の2011年11月にこのコラムで書いている。それから3年、総領孫芙由花を筆頭に七人の孫はみな順調に成長している。
孫の母親たる三人娘が等しく40歳を超える年齢になり、それも当たり前と言えば当たり前だが、特に中学二年生俊平クンの成長が著しい。
見るたびに背丈が伸びて、今では180㎝。声変わりした低音で“こんちわ”と言いながら首をすくめて入ってくる。つい先だってまでは横に並んで、背丈を競い合っていたが、最近ではもはや勝負は明白と並ぶ気配も見せない。
その俊平クンが少年野球を経て、今では中学校のピッチャーで三番バッターだという。どうせ軟式野球と思いつつも、その雄姿を見るべく所沢のグラウンドに出かけた。
両翼90m、センター100mの立派なグラウンドの中にひときわ目立つ長身の俊平クンがウオーミングアップをしている。へえーとこれだけで感心する。スパイクを履いた俊平投手はさらに大きく見え、投球フォームもきれいで落ち着き払っている。身体の大きさだけならTVで見る大リーグの投手にひけをとらないし、相手チームのヤジに怯むこともなく堂々としている。(爺バカの極み)
試合は投手のコントロールにやや難があり、捕手も弱肩だったため苦戦していたが、最後は見事逆転勝ち。応援に駆けつけている母親たちの歓声、嬌声が凄い。夕闇迫る頃には驚いたことに照明が灯きナイターになった。勝敗は別として、こんな施設でプレーできる中学生は幸せだ。自分にこんな経験はない。せいぜい思い出すのは、疎開から引き揚げた滝野川(北区)でオフクロ手縫いのグローブらしきものをはめ、焼け野原の片隅で町の子らと三角ベースの野球をやったことくらいである。
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母親美奈子は、こんなデカイのが土、日ウチでウロウロさては家族が迷惑。野球をやってくれて本当によかったと酷いことを言っているが、それでも俊平クンが四球を連発したり、打席に立つと心配で見ていられないらしく眼をつぶり顔を伏せている。
息子に対する母親ってこんなものなのかと、戦中戦後の厳しい時代、あまり母親の愛情を感じることなく育った世代としては少々怨めしくもある。(2014.10.9)

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