夏の思い出

かき氷夏の声がすると三角屋斜め前の井戸屋は縁台とよしずを張ってかき氷を始めました。ハニーさん達はラムネや氷水を飲みながら米兵を待ちます。氷水のタネは、イチゴやミカンなどと呼ばず、赤、黄色、みつ、あずき色と色で呼びます。赤と言っても、何らイチゴとは関係なく、赤いサッカリン甘味の水をかけてくれただけです。

アイスキャンディー売りアイスキャンデー売りも来ます。一本5円で、かき氷と同じ味です。食べ終えると口の中は、その色素で染まりました。金魚売りのおじさんが二人来ました。若い方は「いなせな兄さん」とか「容子がいい方」と、ハニーさん達に人気で、よく売れました。何でも東京江戸川の方から来たと言っていましたが、そこから天秤棒をかついで来たのでしょうか?小春と呼ばれる金魚すくい用のは一尾五円でしたが、ヒラヒラの尾の付いたのは百円とか二百円もしたんです。高価なのを二尾も三尾も買っちゃうオンリーさんもいました。
スイカ割り母が勘さん八百屋に大きな西瓜を持ってこさせ、皆で西瓜割りをして遊びました。ぼくの友達も知らない子も来ました。ベリーさんもハニーさん達も、女親分のゴリラの照子さんもいます。その対面する場には近所の男衆がいます。腰を落とすハニーさん達のM字座りの、Mの中心の谷辺りに男衆の目が光ります。楽しいひとときだったのでしょう。夏の間に何度かあった西瓜割の終わりはハニー嬢達のM字座りも増え、それが目当てか知らないお兄さん方の顔もあり、小さな庭はいっぱいでした。駅前駐在さん目も光っていました。

O君
夏休みが終わって同級生のO君は僕に「果し状」を突きつけました。何でも西瓜割に自分がを呼ばれなかった事が原因らしい。Oは大人と同じ位の背丈で僕よりも20cmも高く、おまけに小五なのにチンチンに毛が生えているという噂だった。そして西洋館前の畑で首を絞められた。僕は引きづられるように組みつき、Oは湧き水の流れる野川に足を滑らせ、僕を上にしたままガボガボ水を飲んだ。僕が勝利したのに、僕の一等悲しい思い出です。なぜかOは僕を目の敵にして「パンパン屋のチビ」を繰り返したのでした。色白のOは今で言うアイドル系の顔で女子にモテモテでしたが、常に赤く濡れたように光っていた唇が、僕には気味が悪かった。

その後のO君

そして僕が高校2年の夏、池袋駅で随分年上の女と一緒にいるO君を見ました。女は浅黒く、Oの色白が余計に目立ち、「オレョォ、組に入ったからよぉ。この辺りで何かあったらオレの名前出せばいいぜ!」と、猪牙舟の如き先のやけにとんがった靴が目立っていた。「これオレのスケ、ハクイだろ」と言われた女はガムを噛む口をゆがめてニタッとした。「この辺りで何かあったら、オレの・・・・」は、チンピラの決まり科白。たまたま、名を出した友達が余計に袋だたきにあった話もあった。対立する組織のチンピラだったのだ。その後、Oは若頭とか言う兄貴分に出世したと風の噂で知ったが、それっきりです。

ペンちゃん
”OFF LIMITS”を切り抜いたペンちゃんです。彼はキャンプに務めるペンキ職人ですが、画家志願で常にスケッチブックを抱えています。ある時そっと覗いてみたら、繰っても繰っても裸のきれいなお姉さんばかりでした。黒いベレー帽と紫色の首巻きはペンちゃんのトレードマークです。

イタクラさん
この人はイタクラさんと言う写真屋さんで、やはり朝に夕に我が家に立ち寄り、休みの日は終日我が家にゴロゴロしてました。この頃の僕の写真はすべて彼に写してもらったものですが、ペンちゃんもイタクラさんも実は我家に居たベリーさんやタミーさんがお目当てだったけど、うまくいかなかったみたいです。子供の僕には、これ以上のことはわかりません。

ダイナマイトボデーいつの間にか我が家に寄りつかなくなり、朝霞から消えたペンちゃんは浅草のストリップ劇場の看板描きになっていました。この絵は、僕が中学に進み級友と浅草国際劇場に何だから観た帰り、六区を歩いた時に目にした浅草座の看板で、ペンちゃん作です。ダイナマイト”ボデー”と”レギラー”が私のお気に入りです。金髪のジンジャー・レイ嬢はミネソタの出でもない日本人です。当時この世界では髪を染めると”外人”ということになり、高給がもらえたそうです。大卒の初任給が1万2千円前後の時、金髪染めの給金は2万円もしたそうですから、ミネソタ嬢になるには大枚をはたいたのでしょう。

かよちゃん我が家に長期滞在していた「かよちゃん」はオンリーです。もう一人、町で評判の美人ベリーさんに次ぐパンパン、いやハニーさん達の言うところの”一流のパンパン”です。僕にはその意味がわかりませんが、かよちゃんはいつも清潔で礼儀正しく、僕ら子供達にもていねいに接してくれた人です。シアーズのカタログで米国から取寄せた服で里帰りした時、田舎町の子供達が当時流行していた歌謡曲の”こんな別嬪みたことない”を口づさみ、後をついて回ったとか。かよちゃんは東京でデパートガールをしていることになっていたとか。当時デパートガールは花形の仕事で、誰もが叶う仕事ではありませんでした。きっと一流のパンパンだから、そんな嘘が通ったのでしょう。

20
おしまい

またみてね
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