ハニーたちのよそほひ五六態

ハニーたちのよそほひ 五十六態
はじまるよ

はまち
米兵は夜の女、パンパンガールへ 「ハニー」と呼びかけます。 「はい!ハニー はまち?」てな調子。 僕ら小学生は 中学生のガキ大将に聞きます。 「はまちってなに?」 「いくらってこと」 「何を」 「お〇〇〇よぅ」 こうして駅前の子供達は おりこうに成って行ったのです。

ショート
左、「アメリカさんと知り合える」と着の身、着のまま朝霞へ 中、思い叶ってオンリーさんに成ったも吝いアメ公のため・・・ 右、・・・時々 南栄のバーで仕事をします。 もちろん裏の小屋でショートの客をとります。 昭和30年ショート ちょいの間、ちょんの間で約15分300円~400円 わんだら(1$)だったとか

ハイ!ダーリン
左、ふん!日本の男なんて・・・ 中、昼間も駅前をうろつきます。 右、水玉の真赤なスレアースカートは流行でブルーのカーディガン。 10cmはあろうか高いヒールの靴でたばこをふかし、 あるいはバブルガムをふくらませ、米兵にモーションをかけるんです。 そして「ハイ!ダーリン」なんてしなだれかかります。 子供の遊びに「ダーリンごっこ」もありました。

木のサンダル、真紅のドレス、ちりちりパーマ
左、腕まくりの男物のワイシャツ、木のサンダル手下げ袋の女の子。 手にした傘はどこか遠くから来たのでしょうか? 中、頭が良かったか、乞食パン助にはならず 見事、あこがれの真紅のドレス。 右、酒場ではお尻までスリットのドレス ナイロンのストッキングの大股にはガーター、 髪は駅前通り「パーマ、シャン」 で大枚をはたいて最新のちりちりパーマ。

白百合会
左、聞き馴れぬ訛りの強いお嬢さん やはり・・・朝霞のうわさを耳に来ちゃったのです。 中、無事白百合会にもなじみましたが 一年過っても衣服は灰汁抜けません 相変わらず更生服ですが・・・ 右、米兵がくれる食べ物がよかったか本来の体質かどんどんと太るが 黒人兵には誰よりも好まれたとか。 Tシャツもショートパンツも米兵のプレゼント。 こんな色のましてや、LLサイズは日本中どこを探してもなかったのです。

下駄からハイヒール
左、リュックサックに下駄、コーモリ傘。 明らかに遠くから朝霞に着いた娘さん。 右、一年もするときれいなピンクのドレス。 ドレスはスカートとヘアバンドが共布であることから 特別註文仕立てであることを物語っています。 右、典型的パンパンルック。 巾広の赤いベルトと赤いハイヒールが自慢です。

職探しの娘さんが・・・
職探しかパンパン志願か 若いは中学卒業したかしないかの娘さんが朝霞に着きました。 おおよそこんな風体です。 そして1年、2年、3年もすると・・・

ファッションリーダーに
あの田舎の姉ちゃんは化けました。 巧みに米語をあやつり、米兵を手玉にとり・・・ 平素の衣服も街の普通の娘があこがれる程 アメリカ風になります。 あの時代パンパン嬢達は町娘のファッションリーダーだったのです。

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