山陰本線各停の旅

NIJO_station_(founder_building)_kyoto,JAPAN山陰本線は京都駅から中国地方の日本海岸を西に下って、下関の幡生駅に至る673.8kmの大幹線である。旧国鉄の全線に乗車している者には、その支線を含め未乗の区間は無い。
だが通しで乗ったのは遙か50年以上も前のことで、車窓の風景も人情も記憶の彼方に消えつつある。むろんこの沿線は萩や出雲大社、松江城、鳥取砂丘などの有名観光地をはじめ、大阪の友人らとカニを食いに、香住や浜坂まで出掛けてもいるが、それも鳥取空港や米子空港への航空便かレンタカーがほとんどで、鉄道で行くということはあまり無かった。
ところで鉄道ファンとしては、そろそろ何処かへ出かけたい。昨年の根室本線から一年経った。出かけるからにはなるべく遠くへ行きたい。久しぶりにあの山陰本線にするかという気分湧いてきた。30年以上も前のことだが、山陰本線にはスハ43系などの旧型客車を連結して、門司から福知山まで140の駅すべてに停車しながら、18時間かけて走る824列車というマニア垂涎の普通列車があった。
民営化後のJRにそんな古色蒼然たる列車も、そんな非効率な列車も存在しないことは知っているが、どうせ行くなら車窓に日本海が離れないローカル色豊かな山陰本線にしよう。
しかも時刻表を繰ると、この地方の人には誠に申し訳ないが、山口県の一部区間は、昨年の豪雨で土石流が発生し、いまだに代行輸送を行っているとある。
代行輸送とはそもいかなるものか、未体験なのでそんなことにも興味がわく。架け替えられて余部橋梁も見たいし、以前から気になっていた松江城下の堀川遊覧船や門司港の駅舎再見、九州鉄道記念館もこの際片付けたい。目的はどんどん膨らんで6月8日、四泊五日の旅に出た。

Amarube-tekkyo_bridge-3ここからは暫く、マニアックな「山陰本線」にお付き合いいただきたい。山陰本線が全通したのは昭和8年、着工から36年かかっている。一方、神戸‐門司間(513.3km)の山陽本線は明治21年に着工、13年後の34年には全通している。工期は山陰本線の1/3。期待された役割と重要性がそれだけ違っていた。今では両線を比較する尺度がないばかりか、比較すること自体なんの意味もない。山陰本線は大幹線でありながら、無視されたような超ローカル線なのである。なにしろ起点から終点までを通して走る優等列車が過去にも、現在にも一度もないことが、それを証明している。
今回の旅も下関から京都まで来るのに、11回乗り換えた。逆説的に言えば鉄道ファン、取分け“乗り鉄”と称される連中にはこの稀少性がたまらなくいいのだ。
言うまでもなく、山陰本線は京都から西へ延び、福知山、城崎、鳥取、米子、松江、出雲、益田、長門など丹波、但馬、山陰の各都市を結び下関に至る長大路線である。
しかしいかんせん沿線人口が少なすぎる。その少ない乗客や貨物が中国山地を越えて山陽側へ向かう。山陽新幹線開業以降は、それ以外に選択肢がなくなり、陰陽連絡は、1松江、米子から「伯備線」の特急で岡山へ2鳥取から「因美線・智頭急行線」の特急で大阪、京都へ3鳥取、城崎から「福知山線」の特急で大阪へというコースが当たり前になり、山陰本線を東西に移動するのは、よほどの物好きか変わり者しかいなくなった。
路線データを見ると、京都-幡生間673.8kmのうち、非電化区間66%、単線区間89%で紛れもなくローカル線である。この横の連絡が全くないローカル線に伯備線の特急が乗り入れる。だから伯耆大山と西出雲間だけは、電化され、部分的には複線になっている。
福知山線の特急が乗り入れる福知山‐城崎温泉間も同じ事になっている。こういう状況だから、下関から東に向かうと、電化、非電化、電化、非電化、電化とつぎはぎ。線路は単線が複線になり、また単線に戻り、再び複線になるといったことを5回繰り返す。列車はそれに応じて最高速度が制限されるから、95、110、120、95、130、120km運転と目まぐるしい。
車窓に目を転ずれば、明るい紺青の日本海のもと、小さい入江、白い砂浜、軒を接するように建つ漁村、石州瓦の赤茶色の屋根・・・、美しい日本の風景が続く。だがいかに風光明媚な車窓でも次第に飽きてくる。やはり運転手の横に陣取り、変化にとんだ線路の先を見つめるほうが性に合っている。いい年をしてみっともないが、やめられない。

Mojiko_Station_01門司港駅と関門海峡
『山陰本線各停の旅』は北九州空港の最寄り駅、日豊本線の朽網(くさみ)駅から始まった。山陰本線経由東京行きのシニア割引切符は9,930円、8日間有効のこの切符で何度でも乗り降りできる。
まずは最初の目的地、門司港駅へ向かう。小倉までは日豊本線、その先門司港は鹿児島本線の終着駅である。
門司港駅に来るのはたしか三度目、国の重要文化財に指定された左右対称の堂々たる建造物と関門トンネル開通以前は九州の起点駅であったことを示す二面四線の長い頭端式ホームをまた見たかった。
しかし残念ながら筑後100年、1914年建造の木造駅舎はただいま大規模な改修工事中とのことで、周囲をすっぽり工事用ネットで覆われ、外観を見ることもレトロな待合室を覗くこともできなかった。
Kyushu-tetsudo-kinenしからばと駅前の「九州鉄道記念館」に向かう。ここは初めて。いやー大いに堪能した。駅のホームを思わせる展示場にかつて九州各地で走っていた実物がズラリ並び壮観、車内にも入れる。
横浜の「原鉄道模型博物館」の精巧なジオラマにも大いに驚いたが、しょせん模型は模型。本物にはかなわない。
黒光りする九州最後のSL、96や「あさかぜ」を牽引していたC59などを厭かずうっとりと眺める。
新幹線以前の「こだま」型車両の車内に入り込み、あのころの座り心地を確かめる。特に興味深かったのは1960年代、宮原線(みやのはる)に運転されていたというキハ07系気動車。正面は6枚窓の半円形スタイルで製造は1937年、その懐かしい車内に入り木製の床、青いビロードの背ずり、ハンモック状の荷物棚を確認する。この車両から眺めた阿蘇の山並みはどんなであったろうか。
宮原線といえば名作『張込み』(1957年)のロケ地でもある。大木実の刑事が、当時33歳の美しい高峰秀子を追うシーンにSLが走っていた。
門司港駅の周辺には歴史的建造物が多く、この一帯は「門司港レトロエリア」と名付けられ、観光スポットとして整備されている。この日は日曜日、何処から人がこんなに湧いて出たのか訝るほどの賑わいである。海辺に面したレストランの庭先で、名物「焼きカレー」の昼食を済ませる。次に鹿児島本線の貨物線跡の廃線を利用した

Shiokazemoiwa観光トロッコ列車「潮風号」に乗って、関門海峡めぐりに出かける。2km先の終点で下車し、関門人道トンネル780mを歩いて下関側に抜け、バスで唐戸桟橋へ。出船間際の巌流島行き渡し船を見つけ飛び乗る。しかし島が近づくにつれ、平べったい小さな島には武蔵vs小次郎像以外には何もなさそうで、バカバカしくなり下船を止めて、そのまま桟橋に戻る。ミーハー的行動の最たるもので大いに反省する。
20分後、今度は本物の関門汽船で本州側、九州側に立ち並ぶ赤間神宮や旧門司税関などレンガ造りの建築物を眺めながら、門司港に戻った。まだ陽は高いが、そろそろ下関の宿に旅装を解いて、美味いものを食いに出かけたい。
門司港駅に別れを告げ、鹿児島本線の電車で門司下車、すぐやって来た下関行電車で関門トンネルを抜け、7分後下関駅着。門司‐下関間は山陽本線だから、目的の「山陰本線」は明日からだ。
駅前のビジネスホテルでシャワーを浴び、フロントに薦められた店に向かう。
旅先ではいつも宿のフロント氏に「地元の人が通う店」、「観光客が知らない店」、「安くて美味い店」を推薦してもらうことにしている。このやり方で失敗したことは一度も無い。
フロント氏もこちらの人相風体を見てか、自分のホテルのレストランを紹介したりはせず、最近では地図まで用意してくれていて、しるしをつけてくれる。行った先の店でも、一見の客とはいえ、ホテルの紹介なので、足元を見たような値段は言わない。最初から店と客の間にある種の合意が出来上がっている。だから安心して注文する。本場のフグ刺し、から揚げ、活きイカ、関サバなどを、流行のフレーズで言えば、大変リーズナブルな価格で美味しくいただいた。ここが山口県なのに銘酒獺祭を置いて無かったのが唯一の不満であったが。

下関-萩
山陰本線の中でも、とりわけ乗客の少ない区間である。その証拠に101.5km27駅を直通する列車は早朝に一本あるのみ。あとは二度、三度と乗り換えねば萩へは行けないJR西日本は鉄道で萩へ行く乗客がいるとはとうに思っていない。
この区間で普通の人が知っている地名は、かろうじて長門市か、かなりの鉄道ファンでも難読駅として名高い特牛(こっとい)くらいであろう。
下関6時42分発の822D列車、と言ってもキハ40系の単行運転であるが、幡生駅を発車すると、やがて複線電化の山陽本線が右に遠ざかり、ここから単線非電化の山陰本線が始まる。一時間後、滝部という小駅に停車する。そこがこの列車の終点。辺りはシーンとしていて音もない。駅名看板などを撮っているうちに、いま来たデイーゼルカーは慌ただしく下関へ引き返してしまった。車両運用の効率上、こんな乗客もいない駅で戻らせるのだろうが、8分後にでる長門市行き962Dはブリッジを渡った隣ホームに停車している。乗り継ぎ客がいることなど前提にしていない。
滝部からは殆ど日本海を見ないまま、50分後長門市着。山陰本線にはここから青海島に向かう支線(2.2km)があるのだが、今回はとても付き合えない。
現役の頃、山口県での仕事の帰りこの盲腸線を乗りつぶすために仙崎駅まで行ったことがある。だから山陰本線に未乗区間は無い。
次に乗るのは東萩行き1566Dキハ40系。今度は日本海に近づき、岬、入江、松、赤い石州瓦の漁村…といった光景を繰り返して9時44分萩駅に到着した。
山陰本線の凄いところはここからで、次の列車は4時間後に発車する1568D。それまで無い。考えようによっては、萩の観光のためによくぞこんなダイヤを組んでくれたと感謝したくなるが、降りたのはただ独り。駅前のバス停で「萩循環まあーるバス」をポツネンと待つ。
このバスは市内観光地めぐり用なのか、高齢者の病院通い用なのかはわからないが、「松陰先生号」と「晋作くん号」と名付けられ、30分おきに運転されている。しかも一日乗り放題で500円。
これはお得と早合点した。待つことしばし、赤く塗られた20人乗りくらいのマイクロバスがやって来た。実はどこまで乗っても一回100円というのが市民の足として定着しているようで、観光客は見当たらない。結局狭い街なので、乗り放題バスに乗ったのは、たった一度きりで、このキップは無駄になった。
市内の見どころ武家屋敷を訪ねるのはこれが二度目。高杉晋作、木戸孝允の旧宅や菊谷横丁という日本の道百選に認定されたという綺麗な道筋を見て歩く。何故かこの日、バスガイドの旗のもとにゾロゾロ歩く団体客とはほとんど出会わなかった。
「萩・津和野」と喧伝されるが、6月が敬遠されるのか、首都圏からは中途半端に遠いところなのか。お蔭で静かにゆっくり見物できたし、買いもしない萩焼の店を冷やかせたし、出雲そばならここが一番という店で有難く昼食のそばをいただくこともできた。そうこうする内に四時間はあっけなく過ぎ、最後はタクシーを飛ばして東萩駅へ向かった。

東萩-益田
不謹慎の謗りを免れないが、代行輸送を経験したかった。昨年の7月末に発生した山口・島根豪雨は土石流を発生させ、線路を押流し、長門市・益田間は不通となった。その後、復旧工事は順調に進んだものの、奈古・須佐間(19.8km)は依然代行輸送を行っていると時刻表にある。
東日本大震災による山田線のような壊滅的被害は別として、痩せても枯れても山陰本線、どんな方法で東西を連結しているかを見たかった。
東萩駅を13時46分に発車したデイーゼルカーは4駅先の奈古でストップ。その先を窺うとレールは既に赤錆び、もはや廃線跡の佇まい。数人の客が運転手の誘導で車外に出る。駅前の小さな空地に、周囲の侘しげな雰囲気とは不釣り合いな豪華な長距離用のJR中国バスが待っていた。そそくさと乗り込む。
これまでに乗り継いだ気動車はすべてワンマンカーであったが、この見晴らしのいい大型バスには車掌も乗っている。すぐ発車、不通区間に並行する国道の駅近くと思われる集落に停車する以外は止まらない。鉄路のゴトンゴトンもいいが、フワーっと空気に乗っているような感じの高速バスの乗り心地も悪くない。
それより流されたレールはどの辺りか被災地は何処かと目を凝らすが、国道は山側を迂回していて、復旧工事の様子も繋がりつつあるレールも確認できないまま、30分後には須佐駅へ到着してしまった。“ご迷惑をおかけしました”の挨拶を背に、慌ただしく次の列車に乗り込む。そしてキハ40系9668D列車は30分後島根県に入り、やがてそろりと右から近づいて来た山口線のレールと合流して、何事もなかったように益田駅に到着した。

SONY DSC益田-松江
益田からは特急に乗る。各停で行けないこともないが、松江到着が20時10分になってしまい、美味いものを食うには遅すぎる。そのうえ、JR西日本は閑散区間を走る山陰特急に例外料金を設定していて、シニア割引を使えばわずか900円加算されるだけである。これを使わないテはない。キハ40系の固い椅子にも飽きてきたし、代行バスを入れると一日6本の列車を乗り継いだことで尻も痛い。
キハ187系「スーパーまつかぜ」のアコモデーションは知らないが、特急車両の柔らかいクッションに最後は身体を沈めたい。
そんな思いでホームに立つ。入ってきたのは意外にも二両連結。先頭車が自由席車で、二号車が指定席車。まばらな乗客のすべてが自由席に乗り込み、指定席は無人のまま発車。最後まで誰もいなかったようだ。
ところで益田というところ、石見空港が近くにあることと、数年前まで地方競馬場の「益田」があったことくらいしか知らない。
せめて駅前でも見てやろうと改札口を出るが、昨年の「厚岸」よりはましなものの、寂しい地方都市の玄関であることに変わりない。
さて松江までの二時間、「スーパーまつかぜ」はエンジン音も高らかに特急らしい快走を続ける。島根県の分県地図を取り出し、地勢を確認し、駅名を読み取り、ここら辺に来たことはあったかなと記憶を呼び起こす。外はまだ明るい。
今日の日没は18時30分頃と確かめてある。この天候なら宍道湖の夕陽を再見できるかもしれないと期待が膨らむ。
列車は名立たる鉄道マニアの連中が「鉄道百景」と勝手に名付けた「三隅海岸」の景勝地を走り抜け、島根県で唯一プレーした「金城CC」の最寄り駅濱田に停車する。ついで三江線(広島県三次‐江津)の接続駅江津、三瓶山の入り口大田市。だが石見銀山の入り口温泉津(ゆのつ)には止まらない。これでは世界遺産も形無しである。
JRW_Sunrise_Izumoやがて出雲市が近づくと右手に巨大な機関区が現れ、寝台特急「サンライズ出雲」などが出を待っているのが眺められる。気が付くと電化、複線区間に入ったようで、心なしかスピードも上がっている。そうする内に、出雲空港と宍道湖が左に見え始め、18時13分、高架の松江駅に定刻到着した。
駅前のホテルに荷物を置くのもそこそこに今夜もフロント氏の薦める店に直行する。松江には「宍道湖七珍」なる有名料理があるが、現役時代はともかく今では手が出ない。しかしフロント氏が薦めるこの店は、中央の大型生簀を取り囲むような客席の配置で、あまりみっともない注文をしにくい構造になっている。
意を決して、いま境港から届いたばかりという生マグロの分厚い刺身を注文する。確かにこれは美味かった。そのほかいろいろ頼んだが、そのすべてに満足し、最後を「宍道湖七珍せいろ」で締める。何年かぶりに松江の味を楽しんだ。

松江城と堀川遊覧船
「松江と言えば?」と問われたら、鸚鵡返しに何と答えるか。「小泉八雲」と答える人もいようし、「和菓子」、「宍道湖」と答える人もいよう。松江はこれまでに、故山口瞳垂涎の高級旅館「皆美館」も体験していて、残るは城下の堀を小船でめぐる「堀川めぐり」のみ。そこで萩の失敗を繰り返さないよう慎重に市内地図をチェックして、「ぐるっと松江・レイクライン一日乗車券」を購入する。少し大げさだが500円のはなし。
何時も思うのだが、このテのバスはどうしてこうレトロ調にしなくてはいけないのか。とにかく態々古くしたようなバスが駅前にやって来た。それに乗り込みSONY DSCまずは松江城へ。
全国に現存する12天守閣のひとつで、天守の平面規模で二番目、高さで三番目、古さで五番目という重文に昇り、市内を見下ろし、宍道湖を遠望する。
次にお待ちかね、城を囲む堀をゆったり流れる、時が止まったような長さ8m、幅2mくらいの小船に5,6人の客と靴を脱いで乗り込む。幅ギリギリの水路を通り、低い橋の下を通過するときは、船頭の合図で首を縮める、というより床に倒れこむ。たちまちにして、知らない者同士に会話が生まれ、笑顔がはじける。
仰ぎ見る松江城の偉容や武家屋敷の通り塩見縄手、小泉八雲旧宅も水面から見ると特別の味わいがある。
この日も、前述のごとく観光客はポツポツであったが、シーズンピークには50艙の小船と100人の船頭がフル動員されるという。松江の重要な観光資源であり、重要な雇用の場でもあるのだ。
オカに上がり、茶店で不昧公命名の和菓子と抹茶をいただく。「ぐるっと松江・レイクライン」バスは使い勝手がいい。最後は宍道湖の湖畔に出て、夕陽で有名な嫁が島を眺め、松江駅まで送ってくれた。

松江-京都
これから山陰本線の残り半分を三本の特急と二本の各停列車を乗り継いで行く。冒頭記したように、この区間を直行する列車は存在しない。従ってこのプラン以外に、今日中に京都まで帰れるダイヤは無い。
松江発14時27分の「スーパーまつかぜ」鳥取行き、車両は昨日と同じキハ187系気動車。単線非電化区間が続く。沿線に時折見かける「山陰本線複線電化を促進しよう!」の看板がむなしい。鳥取からは因美線・智頭急行線経由の岡山行や京都行の特
急が頻発していて常識ある大人はこのルートを選ぶ。
しかし我が行程は、これに背を向けて鳥取発6時22分の浜坂行540D列車キハ40系単行を選ぶ。
最近鉄道ファンに「秘境駅探訪」という妙な人種が現れ、ガイドブックまで出ているが、この区間の居組駅、諸寄駅などはその代表株。なぜこんなところに駅が?と思われる条件を十分満たしていて人気が高いという。
次いで浜坂発17時22分の182D、これもキハ40系。走る区間によって塗色は様々だが、1970年代に製造された両運転台型の高齢デイーゼルカー。未だ全国の非電化区間のエースとして活躍を続けている。
やがて餘部橋梁、40m下の集落は車中から見ても身のすくむ思い。18時16分城崎温泉着。2分後に出る福知山行特急「こうのとり」に駆け込む。
381系特急電車は、まばらな客を乗せてすぐ走り出したが、既に日没をすぎ、山間の家々の黒光りする屋根瓦以外には何も見えなくなってきた。線路は急曲線が連続していて、折角の電車特急も性能を持て余し気味で速度を上げられない。そして一時間後、最後の乗換駅福知山に着く。
すぐ接続する隣ホームの京都行特急「はしだて」の客となる。大都会が近づき乗客はいくらか増えてきたが、こちらは何もすることがなく、せめて駅名でも確認しようとするが、このあたりになると列車は制限速度いっぱいの130km/h運転をしているようで看板を読み取れない。ぼんやり窓に映る疲れた自分の顔を眺めるうちに、定刻20時48分、京都駅に到着した。こうして山陰本線の旅は終わった。

SONY DSC付-1神護寺
京都には毎年のように来ているが、行くべきところ、もう一度行きたいところが山ほどあって、今回は何処にしようかといつも悩む。悩んだ挙句、比叡山を借景とする「圓通寺」というのが、最近の定番になってしまったが、今回は鉄道旅行の延長である。
鉄道に拘りたい。とすれば、出町柳から叡山電鉄で「鞍馬」に行くか、四条大宮から嵐電で「嵐山」、中書島から京阪で「平等院」などのコースが考えられる。しかしいずれも再三行っていて、いまさら食欲がわかない。熟慮の末、「京都観光一日乗車券@1,200」を求め、「神護寺」に行くことにした。このキップを使えば、地下鉄烏丸線や東西線で市中の有名寺社はあらかた廻れるのだが、季節外れの“紅葉の名所”を訪れるのも悪くあるまいと神護寺にした。
バスは四条烏丸から御室を通り、宇多野を過ぎ、小浜街道を北に進む。山が迫り、人家がまばらになり、清滝川が近づく。一時間後、市内の喧騒とは別世界の静まり返った高尾に着く。早朝ゆえバスから降りた人は他にいないし、駐車場にも車はない。
誰もいない神護寺の急登に挑む。登山のような表現だが、この登りは本当にきつい。重畳たる山々とむせかえるような新緑、素晴らしいのだが、汗がしたたり落ちる。山岳宗教の道場だったのだ、空海が高野山をひらく前に住んだ真言宗発祥の寺院なのだと自らに言い聞かせながら歩を進める。
この辺り高尾、槇尾、栂尾は清滝の三尾と言われ、紅葉の名所として名高く、秋には観光客で溢れかえる。ツアーバスが目的地に着けないまま、引き返すこともあると京都に詳しいOさんに聞いたこともある。
しかしいまは広大な境内に誰もいない。天下の神護寺を独り占めしているようで気分は最高、やっと汗も引いてきた。
ふと見ると「かわらけ投げ」の看板、そうだ、昔ここで投げたことがある。素焼きの皿を眼下の清滝川に投げる遊びで、うまく風に乗ると右に左に揺れながら、川底まで着地する。しかし十中八九、左右の森にすぐ消える。
一枚100円もするから、むやみに投げるのは勿体ないが、ここが発祥の地、東京近郊では見かけない。10枚買って挑戦だ。
「志ん朝」の落語『愛宕山』では素焼き投げに飽きたお大尽が、一両小判を投げ始める。慌てた太鼓持ちが、拾ったらお前のものと言われ、数百米ある谷底まで拾いに行くが、昇るのに難渋するという傑作がある。そんな噺を思い出しながら、無心に投げる。

Hankai500Series02付-2阪堺電車
正式名称は阪堺電気軌道、大阪ミナミの「えびす町」と「天王寺駅前」から堺市の「浜寺駅前」(14km)を結ぶ路面電車である。現役当時、堺市内のお客を訪ねた頃、この電車をよく見かけた。大阪の市電は無くなったと思っていたので、あれっ?と見ていた。しかもモ161形などという全国の何処を探しても無いような木造の旧型車両が走っていたので、いずれ乗りたいと思っていた。しかし仕事を終われば、「キタ」や「ミナミ」が忙しく、当時は呑むのを止めて、電車を優先するほどの情熱はまだなかった。
ところが最近になって、あれは市電ではなく、れっきとした私鉄である、それも路面電車復活ムードの中で、「富山のLRT」と並んで注目されていることを知り俄然興味が湧いてきた。そこで今回、大阪の朋友を訪ねる合間をぬってこれに挑戦したというわけである。

どこまで行っても片道200円のキップで、行ったり来たりしたが、まず驚くのは乗車率がいいこと、それに路面電車とは言いながら、専用軌道部分も多いので定時運転が守られていること。安くて、速くて、安全なのだから、高齢者にとっても都合がいい。現に車内はサラリーマン、小中学生、買い物の主婦で一杯、運転手と顔見知りの人もいるようで、なごやかムード。路面電車見直しは世界的潮流であるが、阪堺電車はその可能性を示している。

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