暴走(房総)老人の会

仲間内のいろいろな「会」に命名してきたが、今回の名付け親は三女奈津子。言い得て妙、なかなかいいセンスをしている。房総半島の山奥に籠もり、独り仙人のような生活を送っている児玉威さんを訪ねる旅も今年で七年目。依然、木の香の残る瀟洒なログハウスには貫禄も出てきた。
昨年は太陽光パネルを取り付け、電気代を10年で回収すると吹聴していたが、昭和15年生まれの74歳にも老人の自覚が芽生えてきたようで、今回は釣り仲間に“最期は房総沖に散骨してくれと”と言ったそうで、以前に比べると会話も若干現実的なものになってきた。
それでも館山行きの高速バスを富良里(富浦)で下車すると、都会から帰省する息子を迎えるごとき満面の笑顔が待っている。その四駆のようなワゴン車で30分、半島の真ん中、峯岡牧場下の通いなれた山荘に着くと、あたかも自分の別荘に来たような気分になれてほっとする。
ツインベッドの部屋の押し入れから勝手にシーツや枕を引っ張り出しベッドメークする、滞在型の服装に着替える、ベランダに出て深呼吸する。この日3月22日。山々の緑は濃く、桜は満開、数軒点在する隣家に人影なし。時たま通り過ぎる車の音を耳にするだけ。男だけの集まりだから、酒が入るまでは声高に話すこともない。どんなに親しい人の家を訪れても、多少の遠慮はあるものだが、ここには全くそれがない。この家の主人がそうすることを望んでいる。だから我が物顔に振舞う。
日本全国、あらゆるところに土地勘があるとかなりオーバーな物言いをしてきた。そんなことは決して無いのだが、何処へ行ってもここは初めてという友達も結構多く、JR全線乗車と全都道府県ゴルフ場制覇を武器にそれで通してきた。
取り分け房総は母親の出身地でもあるし、子供の頃は、夏休みの一か月、北条海岸で過ごしたことも多く、房総半島の観光地らしきところは全部知っている。と言って過言でない。それにここ数年、児玉さんとの付き合いが始まり、面が点に狭まってもう行くところがない。
だから今回は滞在型にして、のんびり本でも読む時間を作ろうじゃないかと当初話し合っていた。しかしそうは言っても暴走老人の会はじっとしていない。船形漁港で鮮魚を仕入れ、飛騨高山から移築したという合掌造りのCaféを金谷に訪ね、海辺の湯に浸る。翌日は和田浦の捕鯨基地に立ち寄り、何時もの大阪屋で鯨のたれを買う。白浜の季節外れの花畑を鑑賞したあとは、洲の崎灯台の懐かしい霧信号機の跡を見て廻り、里見の湯に浸かる。
そして今回の初体験はナマダどんぶり。うつぼ=別名ナマダ。狙って釣ることは少ない浅い岩礁帯に生息するウナギ型の不気味な魚。それが美味だという。恐る恐る口にする。白身で淡泊、格別うまいとは思わなかったが、ウツボを食べるという初めての体験をした。暴走老人健在なり。

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