ジャズマンとして、全国の米軍基地を飛び回った

yamada
山田英二さん ジャズマン 1929年 昭和4年生まれ
聞き取り日 2013年 平成25年10月20日

パーティーは華やかだった
東京オリンピックの前年に上京し、ジャズオーケストラを結成。立川基地を中心に、全国のキャンプを演奏旅行で飛び回りました。キャンプ朝霞には50回くらいは行きました。ノース・キャンプ正面ゲートを入った左側奥がクラブで、演奏時間は夕7時半から11時半くらいまで。土曜の夜のパーティーは、着飾った女性陣でとても華やぎました。白いテーブル・クロスに並んだ、きらきら光るカクテルが今も目に焼き付いています。アットホームな雰囲気がありました。ある日、演奏が終り、米兵が日本刀を見せてくれるというので宿舎までついて行き、夜更まで話し込んだのですが、気が付くと外が騒がしい。何事かと訊いてみると、なんと私達を捜しているという。衛門に出た記録がないので、守衛が騒いだのでした。名乗り出ると、叱られました。
食べ物を楽器に隠す
当時貴重だったビール、ロースト・ビーフなど、楽器ケースに隠して基地から簡単に持ち出すことができました。門番は、楽団員の荷物までは調べません。ビールはチップ代わりによくもらったもので、酒屋に持って行けば換金できました。煙草は、自動販売機があり、定期的に日本専売公社の職員が見張りにきていた。煙草も持ち出せば、高額で売れました。
食べ物の話
コカコーラ、ソフトクリームがインパクトありました。とてもおいしかったです。1ダラー・ステーキは固くて食べにくかった。ビールは、米兵にはキリンビールが人気で将校クラブにはありましたが、下士官クラブではバドワイザーでした。ウイスキーはアメリカのものが高級品で、日本製はトリスぐらいしかありませんでした。

各所で演奏する山田氏
各所で演奏する山田氏

写真提供者 山田英二さん

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