米軍キャンプでの仕事は充実して楽しかった

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澤田八郎さん 写真講師 1929年 昭和4年生まれ
聞き取り日2013年 平成25年11月19日

キャンプで雑役の仕事
空襲で実家が焼け、伯父が朝霞の被服廠で働いていたので、昭和21年4月頃、伯父を頼って朝霞に来ました。その頃の南栄は店がポツポツある程度。サウス・キャンプで雑役の仕事をしました。最初の日、集合場所で待っていると無人トラックがきたのは驚きました。よく見ると運転手が黒人で、暗闇に紛れて顔が見えなかったのです。仕事はウェイターやボーリング場での雑役など。人夫は300人ほどいました。
写真インストラクターとして
その後東芝で働きましたが、写真技術を取得して、キャンプ・ドレイクのホビー・クラフトセンターで写真インストラクターの職を得ました。写真の他に、焼き物、油絵、皮革細工、模型、レーシングカーなど、趣味や娯楽を米兵とその家族に講習するところです。日本人の芸術家、版画家の畦地梅太郎や平塚運一、鷺の写真で有名な写真家田中徳太郎、京都の陶芸家、明珍(みょうちん)ら、そうそうたる人材が集まりました。ベトナム戦争の頃には野戦病院が出来て、退院した米兵がリハビリがてら受講に来ました。
楽しい職場
楽しい職場でした。給与は平均的なサラリーマンと同じ程度だったですが、もともとお金に執着はなく、給与は二の次でした。米兵の考えは全員同等というもので、日本人だからという差別はありませんでした。平気でなんでも言い合う仲、そこが日本人とは違うところで、私とは性格が合い、今でも文通しています。趣味の焼き物も覚えることができ、大変満足しています。

米兵に現像の説明をする澤田氏
米兵に現像の説明をする澤田氏
キャンプ内で働く澤田氏
キャンプ内で働く澤田氏
米軍が澤田さんに贈った感謝状
米軍が澤田さんに贈った感謝状

写真提供者 澤田八郎さん

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