膝折にはよそから来た人をもてなす伝統がある

ikeda
池田茂さん 和菓子店経営 1931年 昭和6年生まれ
聞き取り日 2013年 平成25年11月2日

軍隊演習場があった
軍隊の演習があった。新座に続く道はくねくねしていて、通称「九十九曲り」。演習にはもってこいの場所で、今の自衛隊の場所でもやっていた。演習は川越方面にも渡り、広大な範囲で行われていたのではないか。一般人が見学するのは禁じられていた。指揮は宮様が執っていたそうだ。宮様の休憩や宿泊は、奥住伸銅の奥住家でお世話していた。子の神氷川神社の境内には宮様の馬をつないだ「駒つなぎの木」がある。宮様は竹田宮だったと思う。
進駐軍に呼び止められる
戦後、学校で銃剣術をやるので板橋まで持っていくことになった。すると進駐軍に呼び止められて、風呂敷の中身を開けさせられた。木造の銃剣が出てきて、進駐軍は色めきだった。英語の先生が説明したが、なかなかわかってもらえなかった。当時は荷物の検閲を受けていた。米兵のジープがよく通ったが、別に怖いとも思わなかった。女の兵隊さんが客として来ることもあった。
米兵と結婚した女性
米軍の住宅にメイドとして働きに出て、アメリカ人と結婚した人もいる。パンパンと呼ばれる人もいた。タライ競馬(博打)があった家だけでも20人くらい居た。若さから、面白そうだからと、パンパンになる娘もいた。オンリーさんで、米兵と一緒になった人もいた。だからといってその人達を周囲が冷たい目で見るようなことはなかった。ここらの人は寛容な人が多い。膝折は昔から参勤交代などで、よそから人が来ることが多いが、その人達をちゃんともてなす伝統がある。よそ者扱いするようなことはしない。何人かに「ここの人達は、よそから来た人にもみな親切ですね」と言われたことがある。

池田さんが営む和菓子屋「喜楽屋」
池田さんが営む和菓子屋「喜楽屋」

池田さんが営む和菓子屋「喜楽屋」

喜楽屋に残る古文書
喜楽屋に残る古文書

喜楽屋に残る古文書

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