子どもを守ることを第一にやってきた

egawa
江川博和さん 牧師、白百合学園園長 1926年 大正15年生まれ
聞き取り日2013年 平成25年10月29日

人種は違っても平等
朝霞キリスト教会は、基地の教会のウェーバー牧師が、日本人にも神の愛を教えたいと米国で献金を集めて、昭和24年に建てたもの。私が三代目牧師。前任者は治安が悪いので失踪してしまいました。基地の教会の洗礼用水槽を使用させてもらったり、米兵がペンキ塗りに来てくれたりと友好的な関係でした。米兵は日本人にはない特殊技能を持っていました。彼らとの間でトラブルはありません。ウェーバー牧師は米国に戻ってからも献金を届けてくれました。神の下では人種は違っても平等です。
売春婦の子供を預かる
昔の南栄通りは風が吹くと土埃が舞う砂利道でした。それで通りに立つ売春婦はジャリパンと呼ばれてました。国道254バイパス側に面した家屋がジャリパンの仕事場で、子供は家に帰れないので、遅くまで外で遊んでました。ある日そんな子供を教会に連れてきて、遊ばせていると、母親が迎えて来て、「私達のように穢(けが)れた者から生まれた子供でも預ってくれるんですか?」と訊いてきました。私は「決して穢れてなんかいない。子供は腐った子宮から生まれたのではなく、子供は子供、例え肌の色が違っていても、血の色は赤、血は命です」と答えました。それから売春婦の子供も預かるようになったのです。
朝鮮戦争の頃の南栄
日本人同士で喧嘩が多く、その仲裁に追われた。たいていはホステス、売春婦など女の奪い合いが原因でした。日中は、アル中、ヒロポン中毒の人がうろうろし、殺人事件もありました(注)。火事が多くて、バケツに石油を満たした上にロウソクを立てて家を出るという、保険金目当ての放火もありました。ヤクザ同士の仲裁によく駆り出されたものです。度胸がいいというので、親分からヤクザにならないかと誘われましたが、「私の親分はイエス・キリストです!」と断わると、相手は仁義を切ってお辞儀しました。昔は、礼儀をわきまえたヤクザもいたのです。
(注)ヒロポン…アンフェタミンより強い中枢神経興奮作用をもつ覚せい剤。昭和26年(1951年)に覚せい剤取締法を施行。

1975年頃 南栄通りに面した白百合園、ヨルダン学園

1975年頃 南栄通りに面した白百合園、ヨルダン学園

1970年頃 江川牧師、礼拝での説教

1970年頃 江川牧師、礼拝での説教

1966年 朝霞バプテスト教会、白百合園で子供会結成大会

1966年 朝霞バプテスト教会、白百合園で子供会結成大会

1966年 朝霞バプテスト教会、白百合園で子供会結成大会

1966年 朝霞バプテスト教会、白百合園で子供会結成大会

写真提供者 江川博和さん

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