基地返還時代 1976年~1986年

ベトナム戦争終結により、軍事的意義が縮小する。
市民の要望もあり、徐々に返還され、学校や図書館、体育館など必要な公共施設になっていく。

asaka 朝霞市の情勢
toujo 東上線
n ノースキャンプ 現在の川越街道より北側、朝霞市役所手前までの敷地
s サウスキャンプ 川越街道より南側、現在朝霞自衛隊駐屯地
man まちと暮らし

1976年 昭和51年
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2月10日:ノース・キャンプの中央道路開通
4月1日:第8小学校開校
5月10日:ノース・キャンプの一部、大蔵省から無償貸与(市立第四中学校用地)

1977年 昭和52年
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4月1日:第四中学校開校
8月2日:中央公民館が新築開館
11月30日:ノース・キャンプの大部分、40.5ヘクタール日本へ返還
全面返還に伴う人員整理の対象となったことを動機に、日本人従業員1名がノースキャンプ内暖房施設(866号棟)に併設されていた煙突から飛び降り死亡

1978年 昭和53年
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10月2日:市民憲章および市の木、市の花制定
11月25日:キャンプ朝霞跡地利用基本構想決まる(埼玉県及び関係3市)
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12月19日:ノース・キャンプ467759㎡大蔵省から無償貸与 緑ケ丘通線用地 (~昭和58年12月18日)
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7月10日:サウス・キャンプ6796381㎡日本へ返還 (FEN放送局)
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キャンプ座間の陸軍士官学校跡から旧皇族舎を移築し、予科士官学校時代から伝わる史料を展示・保管する「振武台記念館」を開設

1979年 昭和54年
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5月:市制10周年を記念して「朝霞わがまち」映画(16mmカラー)作成
5月5日:第3次住居表示整備実施(岡・根岸台)
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4月1日:県立朝霞西高等学校開校

1980年 昭和55年
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3月31日:ノースキャンプ 上の原通線用地1829342㎡大蔵省から無償貸与(~昭和60年3月30日)
3月31日:ノースキャンプ1893392㎡大蔵省から有償買取(第8小学校用地)
3月31日:ノースキャンプ1000015㎡大蔵省から有償買取(総合体育館用地)
3月31日:ノースキャンプ2366832㎡大蔵省から有償買取 4733174㎡無償貸与(中央公園用地)

1981年 昭和56年
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8月1日:第4次住居表示整備実施(三原・泉水)
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1月21日:ノース・キャンプ618862㎡大蔵省から無償貸与(市道22号線、898号線、984号線 東武東上線側道用地)
2月9日:中央公園起工式
3月23日:ノース・キャンプ内612713㎡大蔵省から無償貸与(市道977号線、978号線、984号線用地)
3月31日:ノース・キャンプ内1925599㎡大蔵省から有償貸与(第4小学校用地)
3月31日:ノース・キャンプ内596957㎡大蔵省から無償貸与(市道979号線用地)
3月31日:ノース・キャンプ内1250808㎡大蔵省から有償貸与 2501311㎡無償貸与(青葉台公園用地)

1982年 昭和57年
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2月26日:コミュニティづくり推進協議会発足
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6月1日:総合体育館、中央公園完成

1983年 昭和58年
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8月1日:第5次住居表示整備実施(朝志ヶ丘・宮戸・田島)
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2月1日:青葉台公園開園
9月3日:本町隧道開通
あさか向陽園オープン

1984年 昭和59年
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7月9日:住民基本台帳のオンラインシステム開始
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4月:朝霞郵便局開局
6月1日:中央公民館・コミュニティセンター開館
(溝沼地内の旧中央公民館は4月1日より南朝霞公民館に名称変更)
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7月28日:第1回朝霞市民まつり開催

1986年 昭和61年
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2月1日:朝霞市行政改革大綱策定
第2次朝霞市総合振興計画基本構想策定
広沢土地区画整理事業の事業決定
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2月14日:ノース・キャンプの全部返還。米軍通信施設返還により、朝霞市内から米軍基地がなくなる

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